寝まくり
2001年3月16日今日は、1日だけ実家にとんぼ返りした。(最近そういうの多いな)7:00にアパートを出て20:30頃水戸に戻ってきた。何をしに行ったのか?歯医者である。そう、ニッシ-のホームページを見ている方は分かると思うがあの恐怖の歯医者。ニッシ-のホームページ(リンク)だよ。歯医者情報も近日更新いたします。
そう、この歯医者のためだけに千葉に戻ってきたのだ。朝眠い中アパートを出発し電車の中ではZZZ…。結構心地よい眠りだった。
やっぱ実家に帰省すると何か良い。何もしなくてもご飯が出てくるし、しかも健康的なメニューだし、戸棚を空けると、どんべいや、ハーベストや、チョコレートや、ポッキーなどお菓子の山だし。(水戸ではニッシ-あまりお菓子を食べない)やっぱりたまに帰る実家はいいね。
さて、今日は歯医者以外にニッシ-実家に戻って何をやっていたかというと・・・何もしていません。もう、ひたすら寝てました。食べて〜寝て。食べて〜寝て。この繰り返し。歯医者の時も半分寝ていたし。もう、疲れとリラックスムードがぼっとでたのかな?とにかく今週は、毎日何かしら何か予定があるもんな〜。たまには、こういう日も良いんじゃないの?とか思う。
以前にも書いたが(3月9日記)ここまで疲れてくるとどんな時にいかにして、寝れるか?というのも重要だ!昨日なんかニッシ-は、バイト先である塾の教室で寝てしまったよ。開始時刻より1時間も早く着いてしまったので教室の中でニッシ-1人ぐ〜ったりと。ZZZ・・・起きたら授業開始5分前だった。ゲゲっと思ったが生徒はまだ誰1人として来ていなかったので良かった。(ほっ)そして、今日のニッシ-。
5:00 起床
7:00 アパートを出て実家に向かう
7:35 大洗鹿島線に乗車。車中はもちろん寝る。
9:00 鹿島神宮駅で父が迎えに来る。実家で遅い朝ごはん。その後、また寝る。
11:00 歯医者。歯医者の合間も少しこっくり。
13:00 お昼ごはん。
13:30〜16:30 お昼寝。気持ち良かった〜。
16:30〜18:00 お菓子ぼりぼり、どんべいつるつる。相撲見ながら。
18:30 鹿島神宮駅から水戸駅に向かう。車中はもちろん寝る。
20:30 部室に戻ってたまっていた仕事の処理。(最近、忙しくてサボっていた)まあ〜一応片付いた。
1:00 日記をつけている(職件乱用)
これだけ見るとニッシ-今日は寝過ぎだ。日中何やってんだ。自分。でも、たまには良いかな〜?こういう日もあって。寝る子は育つともいうし。ただし、仕事は片付けてから行きましょう。おかげで今日は、また部室に。ホームページの更新作業は明日かな〜?いや、もう出来てるんですけどね。アップロードしてない・・・。まあ〜すぐしますよ。(多分)
よお〜し今日これだけ寝たんだ!また明日から頑張るぞ〜!!最近、少しだけ以前のグロッキーな状態から回復しつつある。何か、楽しい。この状態が続くといい。
P.S 言われちゃったよ。「お客さん、終点だよ!」水戸駅で。寝過ぎだ。
そう、この歯医者のためだけに千葉に戻ってきたのだ。朝眠い中アパートを出発し電車の中ではZZZ…。結構心地よい眠りだった。
やっぱ実家に帰省すると何か良い。何もしなくてもご飯が出てくるし、しかも健康的なメニューだし、戸棚を空けると、どんべいや、ハーベストや、チョコレートや、ポッキーなどお菓子の山だし。(水戸ではニッシ-あまりお菓子を食べない)やっぱりたまに帰る実家はいいね。
さて、今日は歯医者以外にニッシ-実家に戻って何をやっていたかというと・・・何もしていません。もう、ひたすら寝てました。食べて〜寝て。食べて〜寝て。この繰り返し。歯医者の時も半分寝ていたし。もう、疲れとリラックスムードがぼっとでたのかな?とにかく今週は、毎日何かしら何か予定があるもんな〜。たまには、こういう日も良いんじゃないの?とか思う。
以前にも書いたが(3月9日記)ここまで疲れてくるとどんな時にいかにして、寝れるか?というのも重要だ!昨日なんかニッシ-は、バイト先である塾の教室で寝てしまったよ。開始時刻より1時間も早く着いてしまったので教室の中でニッシ-1人ぐ〜ったりと。ZZZ・・・起きたら授業開始5分前だった。ゲゲっと思ったが生徒はまだ誰1人として来ていなかったので良かった。(ほっ)そして、今日のニッシ-。
5:00 起床
7:00 アパートを出て実家に向かう
7:35 大洗鹿島線に乗車。車中はもちろん寝る。
9:00 鹿島神宮駅で父が迎えに来る。実家で遅い朝ごはん。その後、また寝る。
11:00 歯医者。歯医者の合間も少しこっくり。
13:00 お昼ごはん。
13:30〜16:30 お昼寝。気持ち良かった〜。
16:30〜18:00 お菓子ぼりぼり、どんべいつるつる。相撲見ながら。
18:30 鹿島神宮駅から水戸駅に向かう。車中はもちろん寝る。
20:30 部室に戻ってたまっていた仕事の処理。(最近、忙しくてサボっていた)まあ〜一応片付いた。
1:00 日記をつけている(職件乱用)
これだけ見るとニッシ-今日は寝過ぎだ。日中何やってんだ。自分。でも、たまには良いかな〜?こういう日もあって。寝る子は育つともいうし。ただし、仕事は片付けてから行きましょう。おかげで今日は、また部室に。ホームページの更新作業は明日かな〜?いや、もう出来てるんですけどね。アップロードしてない・・・。まあ〜すぐしますよ。(多分)
よお〜し今日これだけ寝たんだ!また明日から頑張るぞ〜!!最近、少しだけ以前のグロッキーな状態から回復しつつある。何か、楽しい。この状態が続くといい。
P.S 言われちゃったよ。「お客さん、終点だよ!」水戸駅で。寝過ぎだ。
母業失格
2001年3月14日と言うドラマを月曜日に見た。普段は、ドラマを滅多に見ないニッシ−なのだがこのテーマにすごい興味があった。
あの『17歳』の本を書いた井上路望の家族のドラマ。ニッシ−井上路望の本は、今の所全部持っている。ニッシ−と同じ19歳と言うこともあり結構、様々な視点からありのままの自分を出しているので大変興味深く読ませてもらった。読み終わった後、編集部へ手紙を出したくらいだから。
そして、何しろあのお母さんがすごい。何ていうのかな〜?何か、素晴らしいと思う。子供達が落ち込んでいる時、いきなり「グランドキャニオンに行こう!」とか言い出したりして、もしもニッシ−がその家族の子供だったら「は、何言ってるの。」って思うよ。一瞬。でも、そこに家族の原点があったのだ。グランドキャニオンで家族3人で見た虹。そこで、3人が同じ感動をわかちあいそして、感じあった。そして、何か辛い事があったらその虹を思い出す。
路望も、ドラマの中で虹が見えたと言っている。そして、家庭にはお金が無いはずなのに母は、娘に誕生日プレゼントと言ってアメリカ留学を勧めた。母は、言った。「子供の為なら借金しても良い」って。家の親は堅実だから、絶対にそんな事は言わない。ニッシ−も一応、留学したいという思いはある。(野球の審判の修行)でも、家庭状況を考えるととてもそんな事は言い出せるはずもなく、すでに諦めている。
この路望という人。ものすごくストレート過ぎる人間だと思う。もう、球種で行ったらど真ん中しかないという感じだ。ニッシ−も自分で言うのもなんだが、結構ストレートな人間だと思う。でも、どこかでみんなと合わせようという一面がある。理想と現実の中でいつも葛藤している。でも、そんな自分を克服したいといつも思っている。この、路望という人は、本当にストレート。だからこそ、ニッシ−応援したくなる。何というのかな?好きとかそう言うのではなく守ってあげたい。応援してあげたいという感じかな?そういう人って何か、応援したくなっちゃうんだよね〜。ニッシ−の場合。
しかし、裏でのお母さんの努力はドラマを見てニッシ−改めてすごいと思った。いかに子育てが難しいか?良く分かった。いや、もしかしたらやりすぎかもしれないが。
ニッシ−も将来は、おそらく結婚して子供を持つようになるだろう。(おそらく)ニッシ−はそれを望んでいる。ただ、子育てとなると結構難しい。ただ、ニッシ−は基本的に子供の意志を尊重させたいとは思っている。そう、このドラマのように出来るかどうかは分からないが(これは一種やりすぎとも思うが)でも、基本的にはその思いで行きたいと思う。
今日は、大学の合格手続きだった。ニッシ−は、今日そのお手伝いをした。今度、入学してくる新入生がぞろぞろとやってきた。これからの未来の新入生。新入生には、十分頑張ってほしいとは思っているが同時にニッシ−も先輩となる。となると後輩どもがうちのサークルにもやってくるわけだ。ニッシ−もこのまま行くと時期書記部長になる。(まだ分からないけど)一体どのように後輩を指導していくべきか?これは、はっきりいって難しい。
今の所のニッシ−のプランは、書記部に入ってきた後輩達にはできるだけ様々な経験をさせてあげたいと思っている。本当に色々な事を経験させて、自分達の手でやっていく。そして、時には書記部飲みなどもしながら(笑)楽しく、楽しく。そして、ニッシ−はある程度フォローをするという形で。もちろんニッシ−も仕事をする。でも、色んなことを経験させたいと思う。ニッシ−達も10年や20年もそこのサークルにいないわけだし(いても良いけど)代は、どんどん変わるわけだし。だから、本当に色々な事を経験させてニッシ−達がここを引退する時、もうこの書記部なら任せても大丈夫だ。と思えるような後輩を作って、そして静かに去っていきたい。
少しかっこいい事を書いてしまった。でもそう思う。経験って何においても大事だし。このドラマの母親は、本当にすごいと思う。色んな事を考えて、そしてどうするべきかを本当に心の芯から考えている。昔ながらの考えに執着せず、今自分が何をすべきか?どうしたら良いか?等を臨機応変にやっている。これからってそういう時代なのかもしれない。昔ながらの考えに執着していると、新しいアイディアが生まれないし、何かありきたりの事をやって終わってしまう気がする。それはそれでいいとは思うが、やっぱり何か刺激的な事が欲しい。最近、活気がないとか良く言うけどそういうのってもしかしたらここから来ているのかもしれない。
だからってそれでは、ニッシ−ガそのように出来ているのかというと出来ていないと思う。時間に追われっぱなしでそんな事考えている余裕など今はない。でも、そのような考えは常に持っている。後輩をどのように指導していくか?今年の審判はどのような形にしていくかなど。結構ニッシ−の中で様々な事に対する課題は山積みなのだ。それらを全て処理したいとは思っているが今は、時間がとてもない。その中で、自分がいかにしてそれらをクリアしていくか?今、考え中である。
もしかしたらその答えはないのかもしれない。だから今の所は、自分が満足できたら良かったと言う事で。うう〜んこれも何か矛盾していますが。もう少し考えてみます。
ニッシ−のホームページ。名付けて『ニッシ−の部屋』リンク だよ。さあ〜みんなクリック。クリック。!
あの『17歳』の本を書いた井上路望の家族のドラマ。ニッシ−井上路望の本は、今の所全部持っている。ニッシ−と同じ19歳と言うこともあり結構、様々な視点からありのままの自分を出しているので大変興味深く読ませてもらった。読み終わった後、編集部へ手紙を出したくらいだから。
そして、何しろあのお母さんがすごい。何ていうのかな〜?何か、素晴らしいと思う。子供達が落ち込んでいる時、いきなり「グランドキャニオンに行こう!」とか言い出したりして、もしもニッシ−がその家族の子供だったら「は、何言ってるの。」って思うよ。一瞬。でも、そこに家族の原点があったのだ。グランドキャニオンで家族3人で見た虹。そこで、3人が同じ感動をわかちあいそして、感じあった。そして、何か辛い事があったらその虹を思い出す。
路望も、ドラマの中で虹が見えたと言っている。そして、家庭にはお金が無いはずなのに母は、娘に誕生日プレゼントと言ってアメリカ留学を勧めた。母は、言った。「子供の為なら借金しても良い」って。家の親は堅実だから、絶対にそんな事は言わない。ニッシ−も一応、留学したいという思いはある。(野球の審判の修行)でも、家庭状況を考えるととてもそんな事は言い出せるはずもなく、すでに諦めている。
この路望という人。ものすごくストレート過ぎる人間だと思う。もう、球種で行ったらど真ん中しかないという感じだ。ニッシ−も自分で言うのもなんだが、結構ストレートな人間だと思う。でも、どこかでみんなと合わせようという一面がある。理想と現実の中でいつも葛藤している。でも、そんな自分を克服したいといつも思っている。この、路望という人は、本当にストレート。だからこそ、ニッシ−応援したくなる。何というのかな?好きとかそう言うのではなく守ってあげたい。応援してあげたいという感じかな?そういう人って何か、応援したくなっちゃうんだよね〜。ニッシ−の場合。
しかし、裏でのお母さんの努力はドラマを見てニッシ−改めてすごいと思った。いかに子育てが難しいか?良く分かった。いや、もしかしたらやりすぎかもしれないが。
ニッシ−も将来は、おそらく結婚して子供を持つようになるだろう。(おそらく)ニッシ−はそれを望んでいる。ただ、子育てとなると結構難しい。ただ、ニッシ−は基本的に子供の意志を尊重させたいとは思っている。そう、このドラマのように出来るかどうかは分からないが(これは一種やりすぎとも思うが)でも、基本的にはその思いで行きたいと思う。
今日は、大学の合格手続きだった。ニッシ−は、今日そのお手伝いをした。今度、入学してくる新入生がぞろぞろとやってきた。これからの未来の新入生。新入生には、十分頑張ってほしいとは思っているが同時にニッシ−も先輩となる。となると後輩どもがうちのサークルにもやってくるわけだ。ニッシ−もこのまま行くと時期書記部長になる。(まだ分からないけど)一体どのように後輩を指導していくべきか?これは、はっきりいって難しい。
今の所のニッシ−のプランは、書記部に入ってきた後輩達にはできるだけ様々な経験をさせてあげたいと思っている。本当に色々な事を経験させて、自分達の手でやっていく。そして、時には書記部飲みなどもしながら(笑)楽しく、楽しく。そして、ニッシ−はある程度フォローをするという形で。もちろんニッシ−も仕事をする。でも、色んなことを経験させたいと思う。ニッシ−達も10年や20年もそこのサークルにいないわけだし(いても良いけど)代は、どんどん変わるわけだし。だから、本当に色々な事を経験させてニッシ−達がここを引退する時、もうこの書記部なら任せても大丈夫だ。と思えるような後輩を作って、そして静かに去っていきたい。
少しかっこいい事を書いてしまった。でもそう思う。経験って何においても大事だし。このドラマの母親は、本当にすごいと思う。色んな事を考えて、そしてどうするべきかを本当に心の芯から考えている。昔ながらの考えに執着せず、今自分が何をすべきか?どうしたら良いか?等を臨機応変にやっている。これからってそういう時代なのかもしれない。昔ながらの考えに執着していると、新しいアイディアが生まれないし、何かありきたりの事をやって終わってしまう気がする。それはそれでいいとは思うが、やっぱり何か刺激的な事が欲しい。最近、活気がないとか良く言うけどそういうのってもしかしたらここから来ているのかもしれない。
だからってそれでは、ニッシ−ガそのように出来ているのかというと出来ていないと思う。時間に追われっぱなしでそんな事考えている余裕など今はない。でも、そのような考えは常に持っている。後輩をどのように指導していくか?今年の審判はどのような形にしていくかなど。結構ニッシ−の中で様々な事に対する課題は山積みなのだ。それらを全て処理したいとは思っているが今は、時間がとてもない。その中で、自分がいかにしてそれらをクリアしていくか?今、考え中である。
もしかしたらその答えはないのかもしれない。だから今の所は、自分が満足できたら良かったと言う事で。うう〜んこれも何か矛盾していますが。もう少し考えてみます。
ニッシ−のホームページ。名付けて『ニッシ−の部屋』リンク だよ。さあ〜みんなクリック。クリック。!
親切
2001年3月12日ニッシ−のホームページの更新作業はまあ〜今の所、順調かな?まあ〜まだ作りたてですからね〜!今後は一体どうなっていくのかわかりませんがまあ〜頑張っていこうと思いますよ。リンク ですので、まだ見てない方は、是非ともクリック、クリック。
さて、今日はニッシ−の通っている大学の後期試験当日。昨日、ニッシ−達が行っていたのは前日案内といって試験前日に茨大までの道の案内をしたり、受験生が泊まるホテルの案内とかをしたりしていたのですが今日は、当日案内。ニッシ−は前回も書いたが(2月25日記)南町2丁目というバス停で受験生がきちっと大学にまでたどりつけられるように誘導をしていたわけです。
しかし、今日の水戸は朝雪が降ってくるという天気。外も当然寒くニッシ−は雪の中のバス停で案内をしていたわけです。もう、寒かった。寒かった。外は、雪降るし受験生もなかなかバス停に現れないし、7:00からのシフトだったわけなのですが、7:30までは、だ〜れもこなかったのでただただニッシ−雪の中を突っ立てるだけ。でも、それはそれで結構絵になるしまあ〜それはそれで良いかな?と思ったりもしてました。
もう本当に寒いと思ったその時、バス停近くのお店の方から、「寒いでしょ傘どうぞ」と言っておばさんが傘をさしのべてくれたのだ。うお〜なんとも言えずありがたい。ニッシ−お言葉に甘えて即座に傘を借りる。
このお店の人は、ニッシ−が前期試験の案内をしていた時、ニッシ−がどうしてもトイレが我慢できなくなってトイレを借りたお店の人。もう、その時もその人はまだ開店前だというのにもかかわらず快くトイレを貸してくれた人だったのである。
そして今回はニッシ−を見るや否や傘の差し入れ。もう、あれは本当に助かった。あの雪まみれの中で雪をかぶりながら立っている(それも絵にはなるが)よりも傘があるとないとでは大違い。もう、その人の親切がニッシ−の心にしみた。
しかもしかも、もう終わり傘を返そうと思ったその時、何と今度は「寒いでしょ、お茶飲んでってください。」と何とお茶のさしいれまでしてくれたのだ。いや〜あの寒い時に、ニッシ−はもう本当にありがとうという思いでいっぱいで思わずお茶をぐいっと飲んでしまった。
おそらくその人にとってみれば本当に心から、そのような事をしてくれたのだろう。何か、その人の親切がニッシ−の心にしみた。本当に一瞬の事なのだけどこういう触れ合いも大事にしていきたいと思う。
この間も部室に一晩泊まって朝帰りをしようと思ったら茨苑祭(大学祭)実行委員会の方とばったり出会って「お疲れ様です、徹夜ですか大変ですね〜。頑張ってください」とお言葉をもらった。その後少しその人と色々話したけど何か、ニッシ−の心がホッと和んだ。こういう人との触れ合い。大切にしていきたい。
さて、今日はニッシ−の通っている大学の後期試験当日。昨日、ニッシ−達が行っていたのは前日案内といって試験前日に茨大までの道の案内をしたり、受験生が泊まるホテルの案内とかをしたりしていたのですが今日は、当日案内。ニッシ−は前回も書いたが(2月25日記)南町2丁目というバス停で受験生がきちっと大学にまでたどりつけられるように誘導をしていたわけです。
しかし、今日の水戸は朝雪が降ってくるという天気。外も当然寒くニッシ−は雪の中のバス停で案内をしていたわけです。もう、寒かった。寒かった。外は、雪降るし受験生もなかなかバス停に現れないし、7:00からのシフトだったわけなのですが、7:30までは、だ〜れもこなかったのでただただニッシ−雪の中を突っ立てるだけ。でも、それはそれで結構絵になるしまあ〜それはそれで良いかな?と思ったりもしてました。
もう本当に寒いと思ったその時、バス停近くのお店の方から、「寒いでしょ傘どうぞ」と言っておばさんが傘をさしのべてくれたのだ。うお〜なんとも言えずありがたい。ニッシ−お言葉に甘えて即座に傘を借りる。
このお店の人は、ニッシ−が前期試験の案内をしていた時、ニッシ−がどうしてもトイレが我慢できなくなってトイレを借りたお店の人。もう、その時もその人はまだ開店前だというのにもかかわらず快くトイレを貸してくれた人だったのである。
そして今回はニッシ−を見るや否や傘の差し入れ。もう、あれは本当に助かった。あの雪まみれの中で雪をかぶりながら立っている(それも絵にはなるが)よりも傘があるとないとでは大違い。もう、その人の親切がニッシ−の心にしみた。
しかもしかも、もう終わり傘を返そうと思ったその時、何と今度は「寒いでしょ、お茶飲んでってください。」と何とお茶のさしいれまでしてくれたのだ。いや〜あの寒い時に、ニッシ−はもう本当にありがとうという思いでいっぱいで思わずお茶をぐいっと飲んでしまった。
おそらくその人にとってみれば本当に心から、そのような事をしてくれたのだろう。何か、その人の親切がニッシ−の心にしみた。本当に一瞬の事なのだけどこういう触れ合いも大事にしていきたいと思う。
この間も部室に一晩泊まって朝帰りをしようと思ったら茨苑祭(大学祭)実行委員会の方とばったり出会って「お疲れ様です、徹夜ですか大変ですね〜。頑張ってください」とお言葉をもらった。その後少しその人と色々話したけど何か、ニッシ−の心がホッと和んだ。こういう人との触れ合い。大切にしていきたい。
道案内係
2001年3月11日昨日は、日記更新できず。スイマセンでした。さあ〜何をしていたか?昨日は寝ていたのではないよ。(笑)な、な、何とホームページのアップロード作業。そうそう、ついにニッシ−ホームページをアップさせたのです。コンテンツは、まだ超貧弱ですがそれなりに、楽しんでいけるのではないかと思います。リンクです。もしよろしければ、1回入ってみて。タイトルは、『ニッシ−の部屋』で〜す。
さて、今日は、ニッシ−の通っている大学の後期試験の前日ということで、前期試験と同様水戸駅でお手伝いをしました。(2月25日記)
何をするかというと水戸駅で、受験生が受付にやってくるので頃合いをみはからって、受験生に声をかける。
ニッシ−:「こんにちは〜、茨城大学受験される方ですか?」(スマイル、スマイル(^。^))
受験生(またはその親):は、は〜はい。
ニッシ−:試験会場である大学までの案内をする。水戸駅からは、バスを使うのでその説明。バス乗り場の案内を主に行う。そして、その後受験生が泊まるホテルの案内。道が分からないという受験生がいたら、地図を出して大体の道のりを教えてあげる。
と言うのが、(少し大雑把に書いたが)通常のニッシ−達がやる事。そう、通常はね。しかし、ニッシ−の場合は何か違ってた。
今日は、ニッシ−13:00〜15:00のシフトで水戸駅にいた。スイマセ〜ンと人がニッシ−の所にやってくる。ニッシ−思う。「お、受験生がやってきたな。よお〜し、しっかり説明するぞ!」しかし、年齢層を見ると、受験生とは思えないような人。ニッシ−また思う。「へえ〜こんな年で大学受験か〜。やりたい事があるんだろうな〜。素晴らしい!」または、「う、受験生の親かな?」このどっちかを思うわけだ。そして、その後その人が口開いた言葉は、「あの〜偕楽園にはどうやっていったら良いのですか?」ううっ・・・そこはそういうコーナーではないっていうの。(゜-゜)とか思いつつも、ニッシ−偕楽園までの案内をする。もちろん、スマイルで。(^。^)
その後も続々とそのような質問がきた。「あの〜鹿島線はどこですか?」「友部駅までは切符いくらですか?」「高速バスターミナルはどこですか〜?」「時刻表の見方が分からないのですけど」エトセトラ、エトセトラ・・・だ〜か〜ら、そういうコーナーちゃうんですよ。それでもニッシ−聞いてきた人には親切にきちっと応対する。しかも、ニッシ−以外の人もシフトが入っていたのだが聞かれたのは、なぜかニッシ−の方が数は多かった。何でだろう?聞きやすいのかな〜?ふう〜何か1年前を思い出す。
1年前の今頃、ニッシ−はジャスコでイオンクレジットのバイトをやっていた。(またこの話です。笑)ニッシ−のやった事は、基本的にはジャスコ内の決められた位置で、ジャスコカードの勧誘。「ジャスコカードいかがですか〜?」この繰り返し。そう、基本的には、これはあくまで基本。
しかし、ニッシ−の場合は「トイレはどこですか〜?」「サービスカウンターはどこですか?」とまた道案内。しかし、このような質問はまだましな方で(マニュアルにあったので)「無印良品はどこですか〜?」「ショッピングセンターはどこですか〜?」「グルメ街はどこですか〜?」などと今度はその店の名前を名指しで。だんだん道案内係が定着していく。
そして内容はどんどんマニアックな事に。「子供の靴はどこに売っていますか?」「この広告の商品が欲しいんですけど〜どこに売っていますか〜?」等。うう〜抽象的すぎてどこに案内したら良いか分からないよ〜。そして、きわめつけは「このナンバーの車のライトがついているんだけど、何とかしてくれない〜?」「スイマセン、家の子が迷子になっちゃったんです。どうしましょう?どうしましょう?」と、とうとうニッシ−の手におえない内容まで。ニッシ−に言われても困りますよ〜。しかし、そうともさすがに言えないのできちっと対応しましたけどね。車のライトは、ニッシ−業務中にもかかわらず、サービスカウンタへ行き、そこでカウンタのお姉さんに事情を説明し放送してもらえる事に。迷子は、こちらも業務中にもかかわらず、一緒に探してた気がする。結局すぐ見つかったので結果的にはよかった。
なぜか途中から、通常業務よりも道案内係の比率が高くなってしまうニッシ−。でも、それはそれなりに楽しいし、勉強にもなるから嫌ではないんですけどね〜。おかげで、ジャスコの場合はどこに何があるか大体分かるようになったし。多分、ニッシ−だとみんな話しやすいのかな〜?何でだろう?まあ〜良いですけどね。
そして、今日このように聞いてきた人がいた。「スイマセン。この入試っていうのはセンター試験をクリアしていないとだめなんですか?」年齢は、50〜60代くらいの女性。その後、ニッシ−は今の入試のシステムについて語った。語っているうちに思った。今の入試システムっておかしいんじゃないの?って。
さて、今日は、ニッシ−の通っている大学の後期試験の前日ということで、前期試験と同様水戸駅でお手伝いをしました。(2月25日記)
何をするかというと水戸駅で、受験生が受付にやってくるので頃合いをみはからって、受験生に声をかける。
ニッシ−:「こんにちは〜、茨城大学受験される方ですか?」(スマイル、スマイル(^。^))
受験生(またはその親):は、は〜はい。
ニッシ−:試験会場である大学までの案内をする。水戸駅からは、バスを使うのでその説明。バス乗り場の案内を主に行う。そして、その後受験生が泊まるホテルの案内。道が分からないという受験生がいたら、地図を出して大体の道のりを教えてあげる。
と言うのが、(少し大雑把に書いたが)通常のニッシ−達がやる事。そう、通常はね。しかし、ニッシ−の場合は何か違ってた。
今日は、ニッシ−13:00〜15:00のシフトで水戸駅にいた。スイマセ〜ンと人がニッシ−の所にやってくる。ニッシ−思う。「お、受験生がやってきたな。よお〜し、しっかり説明するぞ!」しかし、年齢層を見ると、受験生とは思えないような人。ニッシ−また思う。「へえ〜こんな年で大学受験か〜。やりたい事があるんだろうな〜。素晴らしい!」または、「う、受験生の親かな?」このどっちかを思うわけだ。そして、その後その人が口開いた言葉は、「あの〜偕楽園にはどうやっていったら良いのですか?」ううっ・・・そこはそういうコーナーではないっていうの。(゜-゜)とか思いつつも、ニッシ−偕楽園までの案内をする。もちろん、スマイルで。(^。^)
その後も続々とそのような質問がきた。「あの〜鹿島線はどこですか?」「友部駅までは切符いくらですか?」「高速バスターミナルはどこですか〜?」「時刻表の見方が分からないのですけど」エトセトラ、エトセトラ・・・だ〜か〜ら、そういうコーナーちゃうんですよ。それでもニッシ−聞いてきた人には親切にきちっと応対する。しかも、ニッシ−以外の人もシフトが入っていたのだが聞かれたのは、なぜかニッシ−の方が数は多かった。何でだろう?聞きやすいのかな〜?ふう〜何か1年前を思い出す。
1年前の今頃、ニッシ−はジャスコでイオンクレジットのバイトをやっていた。(またこの話です。笑)ニッシ−のやった事は、基本的にはジャスコ内の決められた位置で、ジャスコカードの勧誘。「ジャスコカードいかがですか〜?」この繰り返し。そう、基本的には、これはあくまで基本。
しかし、ニッシ−の場合は「トイレはどこですか〜?」「サービスカウンターはどこですか?」とまた道案内。しかし、このような質問はまだましな方で(マニュアルにあったので)「無印良品はどこですか〜?」「ショッピングセンターはどこですか〜?」「グルメ街はどこですか〜?」などと今度はその店の名前を名指しで。だんだん道案内係が定着していく。
そして内容はどんどんマニアックな事に。「子供の靴はどこに売っていますか?」「この広告の商品が欲しいんですけど〜どこに売っていますか〜?」等。うう〜抽象的すぎてどこに案内したら良いか分からないよ〜。そして、きわめつけは「このナンバーの車のライトがついているんだけど、何とかしてくれない〜?」「スイマセン、家の子が迷子になっちゃったんです。どうしましょう?どうしましょう?」と、とうとうニッシ−の手におえない内容まで。ニッシ−に言われても困りますよ〜。しかし、そうともさすがに言えないのできちっと対応しましたけどね。車のライトは、ニッシ−業務中にもかかわらず、サービスカウンタへ行き、そこでカウンタのお姉さんに事情を説明し放送してもらえる事に。迷子は、こちらも業務中にもかかわらず、一緒に探してた気がする。結局すぐ見つかったので結果的にはよかった。
なぜか途中から、通常業務よりも道案内係の比率が高くなってしまうニッシ−。でも、それはそれなりに楽しいし、勉強にもなるから嫌ではないんですけどね〜。おかげで、ジャスコの場合はどこに何があるか大体分かるようになったし。多分、ニッシ−だとみんな話しやすいのかな〜?何でだろう?まあ〜良いですけどね。
そして、今日このように聞いてきた人がいた。「スイマセン。この入試っていうのはセンター試験をクリアしていないとだめなんですか?」年齢は、50〜60代くらいの女性。その後、ニッシ−は今の入試のシステムについて語った。語っているうちに思った。今の入試システムっておかしいんじゃないの?って。
上手く寝る
2001年3月9日昨日からのニッシ−のスケジュールを書いてみる。
8日
10:00〜12:00 新入生歓迎企画実行委員会の会議
13:00〜15:00 バイトでもある塾の勉強
17:00〜20:30 塾講師のバイト
※バイトの途中から雪が降ってきた。
21:30〜22:30 雪まみれの中、自転車をこぎ、大学近くの中華料理店へ。そこで、『四天王』と言うラーメンセットを食べる。
22:30〜23:30 部室に戻って看板作りの作業。後期試験で使うのだ。
23:30〜 看板作りの作業の途中に、こっくりこっくりきて、昨日は部室で1夜を過ごす。
9日
3:30 起床(早い!)
3:30〜5:30 看板作りの続き。かなりゆっくりとやっていたので、かなり時間かかってしまった。
5:30〜6:10 部室のパソコンで、日記をUP!(職件乱用)
6:10〜6:40 大学構内を散歩。雪どけの校内と朝日の光のさすタイミング、そしてあの雪が積もった周りの風景。写真に撮っておきたかった。それくらいきれいだった。
6:50〜8:00 アパートに戻り、とうとう自分のホームページをUPしようと思ったら、アップロードのやり方が分からず、ホームページ公開はおあずけに。(もうすぐUPしますので、こちらでももしよければ、よろしくお願いします。タイトルは、『ニッシ−の部屋』)
8:00〜9:30 しばしの休憩。寝たり、ゲームやったり
10:00〜11:00 後期試験の準備のため再び大学へ。テントを設営。机、イスなどを運び出しセッティングをしていった。
11:17 作業を途中で中抜けし、(スイマセンでしたm__m))11:17発のバスで、上野駅へ向かう。途中道路が込んでて到着予定時刻より20分遅れた。
13:25 上野駅に到着。その後、山手線で神田駅へ。
14:00〜17:00 東京電機大学神田校で、数学ソフトMathematicaと呼ばれるOSの使い方についての公開講座に出席。ニッシ−は、初級・中級コースに参加。それなりに得るものはあったのでよかった。
17:10〜 神田駅から山手線で東京駅に向かう。たった1駅なのだが、少しラッシュに巻き込まれてしまった。こんな経験は久しぶりだ。
18:00 東京駅八重洲南口から、水戸駅北口行きの高速バスに乗車。道中は寝ていたので覚えていない。
20:30〜 大学に戻り、また作業。今度は、19日の会議のレジュメ作りと昨日の会議の議事録作り。
22:00 お腹が減ったので、前から行きたかったラインとやらに行ってみた。量は、多かったがペロット食べてしまった。おそらく、倍盛りでもいけたと思う。
23:00 今日の日記を書いている。
今、昨日からのスケジュールを書いていたのだがもう、とにかくすさまじいスケジュールで進行している。何か、有能な秘書を雇いたいくらいだ。でも、最近少しずつではあるが、充実感となるものが出てきた気もしないでもないのでまあ〜とにかく頑張っていきたい。
ここまで、時間が不規則だと問題なのはいかにして上手く寝るかだ。今日は、Mathematica講座があったのだが、相手がパソコンなので少し眠くなってしまった。でも寝なかったけどね。
昨日からの日程を見ていると、ニッシ−まともなところでは寝ていない事が判明した。部室での睡眠は、床の上で寝てたし(おい、風邪ひくぞ!)後は、バスの中ではずっと寝てた。つまり、ここまで時間が不規則でハードになってくると、いつ、どんな時でも少しでも暇な時を見つけて寝るという行動も必要になってくる。
まあ〜ニッシ−の場合は中学の時、3年間活動していたボート部で、夏と春に合宿をやっていた(4泊5日)事もあってかどうかは知らないが、結構そういうのは慣れている。修学旅行とかに行っても案外他の人より寝るのは早いし、どうやらいつどんな時でも寝れるという性質は持っているようだ。(自己分析)
ただその度合いは様々だ。ニッシ−は、無理やり寝るぞ〜!と思って寝ることも多くある。それをやると寝る事には寝られるのだが、目覚めはあまりすっきりしない。これが、嫌なのだ。目覚めもすっきりしたい。ここで、ニッシ−の編み出した究極の目覚めが、起きた時に果たして良いか!の基準があるのだ。(ニッシ−のみ有効)
それによると、ニッシ−が寝るときに時間がたつにしたがって、だんだんと周りの雑音の声が小さくなってきたと自分で寝ながら感じた時、これから夢に入るぞという瞬間がおぼろげながらに分かる時。この2つのうちいずれかの条件をニッシ−が満たしていればニッシ−の目覚めは良くなると思う。(おそらく)
とにかくどんな時でも寝られる体力というのもある意味必要だ。そんなこんなの事を書いているときに眠くなってきた。今日は、このへんで寝よう。皆さん、お休みなさい。目覚めは、一体どうだろう?
8日
10:00〜12:00 新入生歓迎企画実行委員会の会議
13:00〜15:00 バイトでもある塾の勉強
17:00〜20:30 塾講師のバイト
※バイトの途中から雪が降ってきた。
21:30〜22:30 雪まみれの中、自転車をこぎ、大学近くの中華料理店へ。そこで、『四天王』と言うラーメンセットを食べる。
22:30〜23:30 部室に戻って看板作りの作業。後期試験で使うのだ。
23:30〜 看板作りの作業の途中に、こっくりこっくりきて、昨日は部室で1夜を過ごす。
9日
3:30 起床(早い!)
3:30〜5:30 看板作りの続き。かなりゆっくりとやっていたので、かなり時間かかってしまった。
5:30〜6:10 部室のパソコンで、日記をUP!(職件乱用)
6:10〜6:40 大学構内を散歩。雪どけの校内と朝日の光のさすタイミング、そしてあの雪が積もった周りの風景。写真に撮っておきたかった。それくらいきれいだった。
6:50〜8:00 アパートに戻り、とうとう自分のホームページをUPしようと思ったら、アップロードのやり方が分からず、ホームページ公開はおあずけに。(もうすぐUPしますので、こちらでももしよければ、よろしくお願いします。タイトルは、『ニッシ−の部屋』)
8:00〜9:30 しばしの休憩。寝たり、ゲームやったり
10:00〜11:00 後期試験の準備のため再び大学へ。テントを設営。机、イスなどを運び出しセッティングをしていった。
11:17 作業を途中で中抜けし、(スイマセンでしたm__m))11:17発のバスで、上野駅へ向かう。途中道路が込んでて到着予定時刻より20分遅れた。
13:25 上野駅に到着。その後、山手線で神田駅へ。
14:00〜17:00 東京電機大学神田校で、数学ソフトMathematicaと呼ばれるOSの使い方についての公開講座に出席。ニッシ−は、初級・中級コースに参加。それなりに得るものはあったのでよかった。
17:10〜 神田駅から山手線で東京駅に向かう。たった1駅なのだが、少しラッシュに巻き込まれてしまった。こんな経験は久しぶりだ。
18:00 東京駅八重洲南口から、水戸駅北口行きの高速バスに乗車。道中は寝ていたので覚えていない。
20:30〜 大学に戻り、また作業。今度は、19日の会議のレジュメ作りと昨日の会議の議事録作り。
22:00 お腹が減ったので、前から行きたかったラインとやらに行ってみた。量は、多かったがペロット食べてしまった。おそらく、倍盛りでもいけたと思う。
23:00 今日の日記を書いている。
今、昨日からのスケジュールを書いていたのだがもう、とにかくすさまじいスケジュールで進行している。何か、有能な秘書を雇いたいくらいだ。でも、最近少しずつではあるが、充実感となるものが出てきた気もしないでもないのでまあ〜とにかく頑張っていきたい。
ここまで、時間が不規則だと問題なのはいかにして上手く寝るかだ。今日は、Mathematica講座があったのだが、相手がパソコンなので少し眠くなってしまった。でも寝なかったけどね。
昨日からの日程を見ていると、ニッシ−まともなところでは寝ていない事が判明した。部室での睡眠は、床の上で寝てたし(おい、風邪ひくぞ!)後は、バスの中ではずっと寝てた。つまり、ここまで時間が不規則でハードになってくると、いつ、どんな時でも少しでも暇な時を見つけて寝るという行動も必要になってくる。
まあ〜ニッシ−の場合は中学の時、3年間活動していたボート部で、夏と春に合宿をやっていた(4泊5日)事もあってかどうかは知らないが、結構そういうのは慣れている。修学旅行とかに行っても案外他の人より寝るのは早いし、どうやらいつどんな時でも寝れるという性質は持っているようだ。(自己分析)
ただその度合いは様々だ。ニッシ−は、無理やり寝るぞ〜!と思って寝ることも多くある。それをやると寝る事には寝られるのだが、目覚めはあまりすっきりしない。これが、嫌なのだ。目覚めもすっきりしたい。ここで、ニッシ−の編み出した究極の目覚めが、起きた時に果たして良いか!の基準があるのだ。(ニッシ−のみ有効)
それによると、ニッシ−が寝るときに時間がたつにしたがって、だんだんと周りの雑音の声が小さくなってきたと自分で寝ながら感じた時、これから夢に入るぞという瞬間がおぼろげながらに分かる時。この2つのうちいずれかの条件をニッシ−が満たしていればニッシ−の目覚めは良くなると思う。(おそらく)
とにかくどんな時でも寝られる体力というのもある意味必要だ。そんなこんなの事を書いているときに眠くなってきた。今日は、このへんで寝よう。皆さん、お休みなさい。目覚めは、一体どうだろう?
明日があるさ
2001年3月8日また、行ってきた。(1人カラオケ)昨日は、午後からサークルだったので午前中は暇だった。日記には偕楽園に行くと書いてあったのだが(3月5日記)とても、花粉の量など総合して考えると何か、行こうかな〜?と思う気持ちが半減してしまったので(笑)じゃあ〜午前中は1人カラオケで良いじゃん?と思い急遽決行した。
いやあ〜とても楽しかった。残念ながら午後からサークルだったので午前中しかできなかったが、あの調子だと4時間はいけたと思う。(昨日は、2時間30分)あんなに楽しんだのは久しぶりだ。声の調子も非常によかった。よく、友人から「そんなに歌ったらのどがやられるでしょう」とか言われるのだが、ニッシ-は今までそのような目にあったことは1度もない。なぜだろう?喉で歌ってないからかな〜?おそらく。まあ〜一応元コーラス部ですから。^^
さて、昨日カラオケに行ったのだが今、ニッシ-少しはまっている歌が今日のタイトルにも書いてある『明日があるさ』。以前の日記(2月26日記)にも書いたがこの歌は、本当は、坂本九さんの歌。それを今は、ウルフルズが歌っているわけである。この歌詞とフレーズにひかれるのか、この間の有線ランキングでは4位くらいになっていた。しかも、ウルフルズの歌も坂本九さんの歌の両方とも現在売れ行きがのびていると言う。これは、前代未聞だそうだ。
まあ〜どっちの歌、歌詞がいいというのはまた、賛否両論分かれると思うが、ウルフルズの『明日があるさ』の歌詞の中にこのようなフレーズがある。『ある〜日突然考えた。どうして俺は、頑張っているんだろう?家族のため?自分のため?答えは風の中。明日がある。明日がある。明日があるさ。』このフレーズ。いつもこの曲を聞くたびにニッシ-考える。
どうして俺は、頑張っているのだろう?最近ニッシ-がよく考える事だ。最近は、もう何回も書いているが本当に忙しい日々である。もう、春休みという言葉自体どこかに行ってしまった。それくらい忙しい。まあ〜ニッシ-は暇よりは忙しい方が好きなのでそれはそれでいいのだけど、やっぱり忙しい。その中でも自分がその事に納得してその事をやっていればいいのだけど、時はむなしく過ぎていく。時間がどんどん過ぎていく。今は、時間に追われている。とてもそんなことを考える余裕はない。
昔はあった。「ニッシ-は他の人よりも2倍も3倍も辛い事をやっているかもしれないけど、その逆にニッシ-自身は2倍、3倍他の人より楽しむつもりで。忙しくてもきちんとやってるんだぞ!という自分を見せよう。」とそんな思いが心のどこかにあった。今は、あまり無い。いや、影をひそめているのか。
だから、何かもっと休みたいとも思う事もある。でも、この歌詞の中にもあるが明日があるさ。明日があるさ。その中で少しずつでも良いから何かを得ようとは思っている。そして、本当に少しずつではあるがそれを感じられるようになってきた。
今日は会議があった。何か、久しぶりに楽しかった。何か、面白かった。何故かはわからないけど。そう、少しずつではあるが本当に少しずつではあるが芽らしきものがでてきたのかもしれない。愚痴はもう言わない。今は、その芽をどんどん育てていこうと思う。そして、今やっている事が一段落ついた時、自分の中でその芽の具合なども考えて、今後の事を考えようと思う。もう、今はひたすらやるのみだ。そう、明日があるのだから。
いやあ〜とても楽しかった。残念ながら午後からサークルだったので午前中しかできなかったが、あの調子だと4時間はいけたと思う。(昨日は、2時間30分)あんなに楽しんだのは久しぶりだ。声の調子も非常によかった。よく、友人から「そんなに歌ったらのどがやられるでしょう」とか言われるのだが、ニッシ-は今までそのような目にあったことは1度もない。なぜだろう?喉で歌ってないからかな〜?おそらく。まあ〜一応元コーラス部ですから。^^
さて、昨日カラオケに行ったのだが今、ニッシ-少しはまっている歌が今日のタイトルにも書いてある『明日があるさ』。以前の日記(2月26日記)にも書いたがこの歌は、本当は、坂本九さんの歌。それを今は、ウルフルズが歌っているわけである。この歌詞とフレーズにひかれるのか、この間の有線ランキングでは4位くらいになっていた。しかも、ウルフルズの歌も坂本九さんの歌の両方とも現在売れ行きがのびていると言う。これは、前代未聞だそうだ。
まあ〜どっちの歌、歌詞がいいというのはまた、賛否両論分かれると思うが、ウルフルズの『明日があるさ』の歌詞の中にこのようなフレーズがある。『ある〜日突然考えた。どうして俺は、頑張っているんだろう?家族のため?自分のため?答えは風の中。明日がある。明日がある。明日があるさ。』このフレーズ。いつもこの曲を聞くたびにニッシ-考える。
どうして俺は、頑張っているのだろう?最近ニッシ-がよく考える事だ。最近は、もう何回も書いているが本当に忙しい日々である。もう、春休みという言葉自体どこかに行ってしまった。それくらい忙しい。まあ〜ニッシ-は暇よりは忙しい方が好きなのでそれはそれでいいのだけど、やっぱり忙しい。その中でも自分がその事に納得してその事をやっていればいいのだけど、時はむなしく過ぎていく。時間がどんどん過ぎていく。今は、時間に追われている。とてもそんなことを考える余裕はない。
昔はあった。「ニッシ-は他の人よりも2倍も3倍も辛い事をやっているかもしれないけど、その逆にニッシ-自身は2倍、3倍他の人より楽しむつもりで。忙しくてもきちんとやってるんだぞ!という自分を見せよう。」とそんな思いが心のどこかにあった。今は、あまり無い。いや、影をひそめているのか。
だから、何かもっと休みたいとも思う事もある。でも、この歌詞の中にもあるが明日があるさ。明日があるさ。その中で少しずつでも良いから何かを得ようとは思っている。そして、本当に少しずつではあるがそれを感じられるようになってきた。
今日は会議があった。何か、久しぶりに楽しかった。何か、面白かった。何故かはわからないけど。そう、少しずつではあるが本当に少しずつではあるが芽らしきものがでてきたのかもしれない。愚痴はもう言わない。今は、その芽をどんどん育てていこうと思う。そして、今やっている事が一段落ついた時、自分の中でその芽の具合なども考えて、今後の事を考えようと思う。もう、今はひたすらやるのみだ。そう、明日があるのだから。
合格発表
2001年3月7日昨日は日記更新できず。スイマセン。m(__)m 何をしていたか?飲んでました。ぐびぐびと。(笑)なので、昨日はとても日記を書けるような状況ではありませんでした。という事で。
さて、香月さんの日記にもチラッと書いてありましたが昨日はニッシ−の通っている大学の合格発表でした。実は、ニッシ−その事を知らずに大学へ来ていたのですが正門から入ると何やら正門前では、チラシを持った方々が何人かいて、構内では春休みだと言うのに何かおそらく発表を見に来たであろうと思われる人達が何人もいました。まあ〜受かったか落ちたかは分かりませんが、受かった方はここの大学に入るのでしょう。(おそらく)まあ〜ニッシ−にとっては未来の後輩が出来ると言う事で非常に楽しみでもありますが。
でもすごいよな〜。合格発表を見に行くなんて。発表を見る前の受験生の気持ちというのは何と言うのかな〜?もう、心臓ばくばくなのかもしれないな〜。え、何でまるで他人事のように書いてるかって?だって、実はニッシ−今まで自分の目で合格発表を見に行ったという経験が1度もないのです。そうなんですよ〜。本当に1度もないのす。
高校受験の合格発表の時は、ニッシ−の通っていた中学校は田舎の中学校だったので何と生徒は合格発表を見に行けず、先生が皆の分を代表で見にいくといった形だったのです。まあ〜それでも発表の時はさすがに緊張はしましたけどね〜。合格発表の日は放課後に生徒を別室に集めてそこで、1人1人また別室に連れていかれてそこで、始めて担任の先生から「おめでとう」あるいは「なかった」などと先生がコメントするのです。まあ〜ニッシ−は本命だった高校は不合格だったのですが、本当に発表の時は緊張しました。もう、本当にギリギリと担任の先生から言われていたので。でも、やるべき事は全てやったと思っていたので、結果的にだめだったけど本命の高校を受けたという事は本当に良かったと今でも思っています。
そして、大学入試の時はニッシ−ひょっとしたら、というのが心のどこかで少しあったのですが、合格発表前日から何か、緊張し始めてもう、心臓の鼓動がはっきりと分かるくらい緊張していました。しかも、大学入試の時はニッシ−受験番号が、何と1番だったため、発表の掲示の1番上にないともうそこでおしまいだったのです。なので、大学の発表の時はもう、落ちるのを見るのは嫌だったので親に見に行かせました。(笑)「あったよ〜」と電話があったときは本当に嬉しかったな〜。確か、その辺を飛び回ったような気がします。
それで昨日の合格発表。ニッシ−は一組の親子と思われる人に「写真撮ってくださ〜い」と頼まれた。おそらく受かったのだろう。まあ〜取りあえずはホッとしているだろうな〜とか思いつつニッシ−はシャッターを押した。
でも、大学生活は今まで経験していなかったような様々な出来事が起こる。おそらく。ニッシ−は、大学は入るまでが大事ではなくて入ってからが大事だと思っている。本当に自分でやろうと思わないとだめだし、誰も助けてくれない。まさに学問。自らが問いてそして学ぶ。これが、出来ないとだめだと思う。別に、勉強に限った事ではない。サークル活動や、アルバイト、その他趣味悠々においてもこの大学生活というのは自分が本当にやりたい事を思う存分やらせてくれるものだとニッシーは信じている。自分のやりがいを見つけて本当に様々な事に挑戦し、向かっていってほしいとニッシ−は思う。
それでは、今のニッシ−はそれが出来ているか?・・・うう〜ん微妙だ。でも、そういう気持ちだけは常にもっていたいと思っている。
この間、実家に戻った時、梅の木が植えてあった。ニッシ−が大学に合格したということで親が記念樹として去年偕楽園で買ってきたらしい。まだ、あまりそだっていなかったが、この梅の木が大きく育つ頃、ニッシ−は一体どこで何をしているだろうか?どんな生活を送っているだろうか?そんな事をふと自分に問いかけてみる。この答えをもしかしたら今現在、模索しているのかもしれない。
さて、香月さんの日記にもチラッと書いてありましたが昨日はニッシ−の通っている大学の合格発表でした。実は、ニッシ−その事を知らずに大学へ来ていたのですが正門から入ると何やら正門前では、チラシを持った方々が何人かいて、構内では春休みだと言うのに何かおそらく発表を見に来たであろうと思われる人達が何人もいました。まあ〜受かったか落ちたかは分かりませんが、受かった方はここの大学に入るのでしょう。(おそらく)まあ〜ニッシ−にとっては未来の後輩が出来ると言う事で非常に楽しみでもありますが。
でもすごいよな〜。合格発表を見に行くなんて。発表を見る前の受験生の気持ちというのは何と言うのかな〜?もう、心臓ばくばくなのかもしれないな〜。え、何でまるで他人事のように書いてるかって?だって、実はニッシ−今まで自分の目で合格発表を見に行ったという経験が1度もないのです。そうなんですよ〜。本当に1度もないのす。
高校受験の合格発表の時は、ニッシ−の通っていた中学校は田舎の中学校だったので何と生徒は合格発表を見に行けず、先生が皆の分を代表で見にいくといった形だったのです。まあ〜それでも発表の時はさすがに緊張はしましたけどね〜。合格発表の日は放課後に生徒を別室に集めてそこで、1人1人また別室に連れていかれてそこで、始めて担任の先生から「おめでとう」あるいは「なかった」などと先生がコメントするのです。まあ〜ニッシ−は本命だった高校は不合格だったのですが、本当に発表の時は緊張しました。もう、本当にギリギリと担任の先生から言われていたので。でも、やるべき事は全てやったと思っていたので、結果的にだめだったけど本命の高校を受けたという事は本当に良かったと今でも思っています。
そして、大学入試の時はニッシ−ひょっとしたら、というのが心のどこかで少しあったのですが、合格発表前日から何か、緊張し始めてもう、心臓の鼓動がはっきりと分かるくらい緊張していました。しかも、大学入試の時はニッシ−受験番号が、何と1番だったため、発表の掲示の1番上にないともうそこでおしまいだったのです。なので、大学の発表の時はもう、落ちるのを見るのは嫌だったので親に見に行かせました。(笑)「あったよ〜」と電話があったときは本当に嬉しかったな〜。確か、その辺を飛び回ったような気がします。
それで昨日の合格発表。ニッシ−は一組の親子と思われる人に「写真撮ってくださ〜い」と頼まれた。おそらく受かったのだろう。まあ〜取りあえずはホッとしているだろうな〜とか思いつつニッシ−はシャッターを押した。
でも、大学生活は今まで経験していなかったような様々な出来事が起こる。おそらく。ニッシ−は、大学は入るまでが大事ではなくて入ってからが大事だと思っている。本当に自分でやろうと思わないとだめだし、誰も助けてくれない。まさに学問。自らが問いてそして学ぶ。これが、出来ないとだめだと思う。別に、勉強に限った事ではない。サークル活動や、アルバイト、その他趣味悠々においてもこの大学生活というのは自分が本当にやりたい事を思う存分やらせてくれるものだとニッシーは信じている。自分のやりがいを見つけて本当に様々な事に挑戦し、向かっていってほしいとニッシ−は思う。
それでは、今のニッシ−はそれが出来ているか?・・・うう〜ん微妙だ。でも、そういう気持ちだけは常にもっていたいと思っている。
この間、実家に戻った時、梅の木が植えてあった。ニッシ−が大学に合格したということで親が記念樹として去年偕楽園で買ってきたらしい。まだ、あまりそだっていなかったが、この梅の木が大きく育つ頃、ニッシ−は一体どこで何をしているだろうか?どんな生活を送っているだろうか?そんな事をふと自分に問いかけてみる。この答えをもしかしたら今現在、模索しているのかもしれない。
お休み
2001年3月5日アメリカの大リーグの選手は、オフの期間はバットを一切持たないと言う。そして、キャンプの時に始めて調整を行う。という選手も多いそうだ。音楽グループ、ミスチルも以前そのような事をやっていた。1年間くらい活動を休止した時期があった。あれは、前からそのように決めていたらしい。ある一定の期間が来たら活動を一時お休みして、メンバーそれぞれがそれぞれ別の事をして1年後、メンバーの歌をやりたいという思いがたまってきて1年後再集合した。あの時のメンバーは、皆歌をやりたくて仕方ない気持ちだったと聞く。
こういうのを考えると休みというのは非常に重要だと思う。まあ〜期間は、その会社やその職種によって様々だが休む事によって心身ともにリフレッシュし、また新たな気持ちで仕事に望む。そして、その期間が長ければ長いほどその気持ちが強くなっていって・・・という風になればその後は、とても素晴らしい業績が残せるかもしれない。
しかし、それを崩すものがある。マスコミだ。高橋尚子選手のバッシング報道が以前あった。「高橋は太った」「TV好きだ」などと報道され、もう走れないなどと、報道の自由をいい事に様々な事を書きたてた。どうも、マスコミというのは1度その人を頂点までいかせるような記事を書いて、その後その人をたたくような性質があるらしい。まあ〜マスコミ側から見ればこれで、ご飯を食べているのだからある意味仕方ないのかもしれないが、私的感情が入りすぎており事実を伝えるといった本来のマスコミの役割を超越している。まあ〜これは週刊誌に言える事かな?
小出監督は、高橋に「後3kg太って良い」といったそうだ。その心中はよく分からないが、取り合えず一時休ませてあげたいといった気持ちがどこかにあったのかもしれない。そして、もとの高橋の戻った時にまた新たな気持ちでトレーニングに望む。これでいいんだとも思ったのかな?何か、ニッシ−もよく分からないけど。
まあ〜何にしろ休みというのは必要だと思う。よく、毎日仕事とか高校野球などでは本当に毎日練習とか聞く事があるけど、たまには休みを入れないと色々な意味で精神的にまいってしまうと思う。まあ〜中にはまいらない人もいるかもしれないが、休みと言うと嬉しがる人がいるようにどこかで、皆憩いを求めているのかな〜?とも思う。なので、休みは重要だ。そこで、気分をリフレッシュしたり自分の好きな事に没頭したりして、また新たな気持ち、新たな目標を持って仕事・練習に励む。そのようにして色々と生み出していくのも必要ではないだろうか?
今日のニッシ−のサークルは仕事があまりにも早く終わってしまった為(こんな事は珍しい)明日のニッシ−の予定はなくなった。明日は、午後から先輩とキャッチボールをする事になった。まあ〜言ってみればしばしのお休み。なので思う存分楽しもうとニッシ−思っている。明後日は、午後からサークルなので午前中は、偕楽園にでも行こうかと思っている。大学の梅もかなり咲いてきたし。
こういうのを考えると休みというのは非常に重要だと思う。まあ〜期間は、その会社やその職種によって様々だが休む事によって心身ともにリフレッシュし、また新たな気持ちで仕事に望む。そして、その期間が長ければ長いほどその気持ちが強くなっていって・・・という風になればその後は、とても素晴らしい業績が残せるかもしれない。
しかし、それを崩すものがある。マスコミだ。高橋尚子選手のバッシング報道が以前あった。「高橋は太った」「TV好きだ」などと報道され、もう走れないなどと、報道の自由をいい事に様々な事を書きたてた。どうも、マスコミというのは1度その人を頂点までいかせるような記事を書いて、その後その人をたたくような性質があるらしい。まあ〜マスコミ側から見ればこれで、ご飯を食べているのだからある意味仕方ないのかもしれないが、私的感情が入りすぎており事実を伝えるといった本来のマスコミの役割を超越している。まあ〜これは週刊誌に言える事かな?
小出監督は、高橋に「後3kg太って良い」といったそうだ。その心中はよく分からないが、取り合えず一時休ませてあげたいといった気持ちがどこかにあったのかもしれない。そして、もとの高橋の戻った時にまた新たな気持ちでトレーニングに望む。これでいいんだとも思ったのかな?何か、ニッシ−もよく分からないけど。
まあ〜何にしろ休みというのは必要だと思う。よく、毎日仕事とか高校野球などでは本当に毎日練習とか聞く事があるけど、たまには休みを入れないと色々な意味で精神的にまいってしまうと思う。まあ〜中にはまいらない人もいるかもしれないが、休みと言うと嬉しがる人がいるようにどこかで、皆憩いを求めているのかな〜?とも思う。なので、休みは重要だ。そこで、気分をリフレッシュしたり自分の好きな事に没頭したりして、また新たな気持ち、新たな目標を持って仕事・練習に励む。そのようにして色々と生み出していくのも必要ではないだろうか?
今日のニッシ−のサークルは仕事があまりにも早く終わってしまった為(こんな事は珍しい)明日のニッシ−の予定はなくなった。明日は、午後から先輩とキャッチボールをする事になった。まあ〜言ってみればしばしのお休み。なので思う存分楽しもうとニッシ−思っている。明後日は、午後からサークルなので午前中は、偕楽園にでも行こうかと思っている。大学の梅もかなり咲いてきたし。
探しているもの
2001年3月4日今日は、演劇を見に行った。演劇を見に行ったのは、今回で2回目である。ニッシ−は、ドラマなどはあまり見ないのであるが、演劇は基本的には好きだ。何と言うか?なんか良い。しかも、サークルの友達や講義で知り合った人などなぜか、4人も知っている人がいるのでそれはそれなりに楽しいものを見させてもらった。
話の内容は、『ひょんなことから一緒に住む事になった人達。果てなく巻き起こる騒動。そして・・』(パンフレットより)と言う内容のものであった。ある、面識のない家族や人間がいきなり同じ家に住む事になる。それは始めは嫌かもしれないけどだんだんとなんかここにいるのが良くなってくる。しかし、その家は差し押さえられ・・・という話だった。(おそらく)
ニッシ−は、感想は人それぞれ十人十色で違うと思うのであまりみんなには聞かず、心の中に秘めておく方なのだが、あえて言わせてもらうとニッシ−的には結構面白かったと思う。考えさせられる内容だった。何か、心に響くものがあった。
何か、観客が考えていく系の劇だった。劇の中ではその家は取り壊されて終わってしまうのだがその家の住人は、みんな来てた。何でここにいたのかは分からないけど色々騒動があったのだろうけど何かこの家が良いと思ったのだろう。
ニッシ−の事を考えてみる。何か、最近ニッシ−自身の生活に疲れてきた。そろそろ楽になりたいと最近思う。それを支配しているもの。それは、何か?もうはっきり言ってしまおう。それは、サークルである。最近、とても忙しくて。忙しい中でも自分の中で充実感が得られれば良いのだけど、最近はその充実感もない。それに、何か今日もあまり気分が乗らなかった。気付いていないかもしれないけど・・
でも、今回の演劇ではないけど気付いたらなぜか部室にいる。何でかは分からないけど部室にいるのだ。それはなぜだろう?と考えてみる。やっぱりこのサークルが好きなんだと思う。今は、それが素直に表現できていないだけで、基本的には好きなんだと思う。もしかしたら、ニッシ−以外にも何か嫌だな?と思っている人がいるかもしれない。でも、みんなきちんと部活には来ているしきちんと仕事をやっている。
だから、忙しいのは皆同じ。取り合えず今、やっていることが終わるまでは愚痴らないで頑張ろうと思う。うん、そう決めた!その後は、どうなるか分からないけど。そう、自分の生活を考えてみろ。高校の学級日誌にニッシ−は、こう書いてある。『暇よりは忙しい方が好き』と。今まさにそうではないか!もしかしたらこれは、誰かが与えてくれた試練なのかもしれない。だから、今は、今やっている事が終わるまではとにかく、ニッシ−、責任を持って頑張ろうと思う。
今は、もしかしたらニッシ−の中で探しているものが見つからないのかもしれない。今やっていることが終わるまでにニッシ−の探しているものが見つかってくれればそれはそれで良い。また見つからなくても、自分にとって満足のいくそしてみんなが喜んでもらえるような事をしたいと思う。
というわけで、もう愚痴は言わない。とにかく今やるべき事をしっかりと頑張ってみる。そして、今日も明日も明後日もニッシ−はサークルに行く。もちろん忘れていた探し物をしに。
話の内容は、『ひょんなことから一緒に住む事になった人達。果てなく巻き起こる騒動。そして・・』(パンフレットより)と言う内容のものであった。ある、面識のない家族や人間がいきなり同じ家に住む事になる。それは始めは嫌かもしれないけどだんだんとなんかここにいるのが良くなってくる。しかし、その家は差し押さえられ・・・という話だった。(おそらく)
ニッシ−は、感想は人それぞれ十人十色で違うと思うのであまりみんなには聞かず、心の中に秘めておく方なのだが、あえて言わせてもらうとニッシ−的には結構面白かったと思う。考えさせられる内容だった。何か、心に響くものがあった。
何か、観客が考えていく系の劇だった。劇の中ではその家は取り壊されて終わってしまうのだがその家の住人は、みんな来てた。何でここにいたのかは分からないけど色々騒動があったのだろうけど何かこの家が良いと思ったのだろう。
ニッシ−の事を考えてみる。何か、最近ニッシ−自身の生活に疲れてきた。そろそろ楽になりたいと最近思う。それを支配しているもの。それは、何か?もうはっきり言ってしまおう。それは、サークルである。最近、とても忙しくて。忙しい中でも自分の中で充実感が得られれば良いのだけど、最近はその充実感もない。それに、何か今日もあまり気分が乗らなかった。気付いていないかもしれないけど・・
でも、今回の演劇ではないけど気付いたらなぜか部室にいる。何でかは分からないけど部室にいるのだ。それはなぜだろう?と考えてみる。やっぱりこのサークルが好きなんだと思う。今は、それが素直に表現できていないだけで、基本的には好きなんだと思う。もしかしたら、ニッシ−以外にも何か嫌だな?と思っている人がいるかもしれない。でも、みんなきちんと部活には来ているしきちんと仕事をやっている。
だから、忙しいのは皆同じ。取り合えず今、やっていることが終わるまでは愚痴らないで頑張ろうと思う。うん、そう決めた!その後は、どうなるか分からないけど。そう、自分の生活を考えてみろ。高校の学級日誌にニッシ−は、こう書いてある。『暇よりは忙しい方が好き』と。今まさにそうではないか!もしかしたらこれは、誰かが与えてくれた試練なのかもしれない。だから、今は、今やっている事が終わるまではとにかく、ニッシ−、責任を持って頑張ろうと思う。
今は、もしかしたらニッシ−の中で探しているものが見つからないのかもしれない。今やっていることが終わるまでにニッシ−の探しているものが見つかってくれればそれはそれで良い。また見つからなくても、自分にとって満足のいくそしてみんなが喜んでもらえるような事をしたいと思う。
というわけで、もう愚痴は言わない。とにかく今やるべき事をしっかりと頑張ってみる。そして、今日も明日も明後日もニッシ−はサークルに行く。もちろん忘れていた探し物をしに。
もう少し・・・
2001年3月3日昨日は、日記にも書きましたが実家に帰っていました。実家に帰って特に何をしたというわけではないのですが、やっぱり実家って良い。落ち着く。実家に行って花粉症対策として子供の時から通っている病院に行く。その病院は内科なのだが何か内科でも花粉症対策をしているのだから驚きだ!しかも、プラシーボ効果かもしれないがここの薬はめちゃくちゃ効く。去年も花粉症になったときここに行ったのだが、薬をやってて5日くらいで楽になった。なので、ニッシ−おすすめの病院である。
昨日もそこに行ったのだが、去年は花粉症の時しかそこにお世話になっていないので病室に入るや否や先生に「今年もなっちゃったの?」と言われた。多分、カルテに残っていたのだろう。ニッシ−も「ハイ!」とか結構喋ってしまい、診察というよりは雑談だった。まあ〜それもそれで楽しかった。
その後、薬をもらい実家へ戻る。後は、何もすることなく実家でごろごろしてた。そして今日水戸に戻った。本当にとんぼ返りだった。でも、本当はもう少し実家にいてのんびりしたいというのがニッシ−の本音である。
最近、ニッシ−心の浮き沈みが激しい。いや、今はどちらかというと沈んでいるのかもしれない。水戸に戻る電車の中でニッシ−思わず「ああ〜水戸に戻ってきてしまったか。」と思った。このように思ったのは始めてだ。今までは、実家に戻って何するの?とか思っていたけど今は、明らかに違う。もう少しゆっくりしたいとそう思った。
日本の総理大臣いわく、人は何か物事をする時には努力目標というのがアルそうだが、その努力目標というのがニッシ−の中で今無い。ただ、時間に追われているだけのような気がする。自分は、本当は何かもっとやりたい事があるのではないか?もっと何かしたい事があるはず。そんな風に最近思った。今日も半分切れてた。途中ぶちきれそうになった。気付いていないかもしれないけど今のニッシ−の精神状態はかなりやバイト思う。
でも、そんな気持ちの中で過ごすのも嫌なので普段は、はじけとんで楽しそうに物事をやっている。そうしないと本当に疲れる。これからどうなるのか?ニッシ−自分でも分からない。取り合えずゆっくりと自分の進む道は考えようと思う。ある人に言った。「今後はどうなるかわかりません」と。
もうすぐ、野球の審判も始まる。そこでまた何か気持ちが変わるのかもしれないが、もう今は何をやるにも充実感がない。その気持ちが強い。それでも、頑張ろうとは日々常々思っているのだが、もう限界かもしれない。今後どうなってしまうのだろう?それでも、ふっきれて頑張ろうとは思いますがね。なので、もう少し実家に帰ってのんびりしたい。そこで、特に何をするというわけではないかもしれないけど、もう少し自分の時間がほしい。最近そう思ったのです。
昨日もそこに行ったのだが、去年は花粉症の時しかそこにお世話になっていないので病室に入るや否や先生に「今年もなっちゃったの?」と言われた。多分、カルテに残っていたのだろう。ニッシ−も「ハイ!」とか結構喋ってしまい、診察というよりは雑談だった。まあ〜それもそれで楽しかった。
その後、薬をもらい実家へ戻る。後は、何もすることなく実家でごろごろしてた。そして今日水戸に戻った。本当にとんぼ返りだった。でも、本当はもう少し実家にいてのんびりしたいというのがニッシ−の本音である。
最近、ニッシ−心の浮き沈みが激しい。いや、今はどちらかというと沈んでいるのかもしれない。水戸に戻る電車の中でニッシ−思わず「ああ〜水戸に戻ってきてしまったか。」と思った。このように思ったのは始めてだ。今までは、実家に戻って何するの?とか思っていたけど今は、明らかに違う。もう少しゆっくりしたいとそう思った。
日本の総理大臣いわく、人は何か物事をする時には努力目標というのがアルそうだが、その努力目標というのがニッシ−の中で今無い。ただ、時間に追われているだけのような気がする。自分は、本当は何かもっとやりたい事があるのではないか?もっと何かしたい事があるはず。そんな風に最近思った。今日も半分切れてた。途中ぶちきれそうになった。気付いていないかもしれないけど今のニッシ−の精神状態はかなりやバイト思う。
でも、そんな気持ちの中で過ごすのも嫌なので普段は、はじけとんで楽しそうに物事をやっている。そうしないと本当に疲れる。これからどうなるのか?ニッシ−自分でも分からない。取り合えずゆっくりと自分の進む道は考えようと思う。ある人に言った。「今後はどうなるかわかりません」と。
もうすぐ、野球の審判も始まる。そこでまた何か気持ちが変わるのかもしれないが、もう今は何をやるにも充実感がない。その気持ちが強い。それでも、頑張ろうとは日々常々思っているのだが、もう限界かもしれない。今後どうなってしまうのだろう?それでも、ふっきれて頑張ろうとは思いますがね。なので、もう少し実家に帰ってのんびりしたい。そこで、特に何をするというわけではないかもしれないけど、もう少し自分の時間がほしい。最近そう思ったのです。
やられる前に
2001年3月1日昨日は、日記更新できず。2月最後の日記だったのに〜!一応書いたのですけど、何か強制終了させられちゃってもう大ショック!まあ〜いいや。
さて、とうとう今日から3月になってしまいました。なのに、3月の始めから雨雨雨。もう、今日は朝から寒いし雨だし何かもう最悪な感じでした。まあ〜普段ならそう思うのかもしれませんが今日のニッシ―の気分は少し違ったりする。
何か、久々の雨が少しうれしい。なぜか?理由はただ1つ。花粉があんまりとばないから。そう、まさにこれです。去年は本当にやられました。そう、確か一昨年あたりからニッシ―の中で花粉症の症状が出始めて去年とうとう本格化してしまいました。もう、去年は本当に最悪でろくに喋れないわ、鼻水止まらないわ、くしゃみ連続わでもう、とても散々でした。そんな状態であのイオンクレジットが加わっていたわけですから対策など何も知らず、結局最悪の状態で病院に行って薬をもらって何とか直ったという経験があります。
その教訓をふまえて、今年は2月終わりごろからニッシ―晴れた日に外出する時は、まずマスクをする事にしました。これで、少しは去年よりは改善されるかな〜と思ったのですが・・・。確かに、鼻水は現在マスクの効果ありなのかどうなのか知りませんが、まだあまりでていません。これで、何とか今年はティッシュ生活は免れるかな?という感じです。
ただ、問題なのは目。ハイ、もうきてます。目がかゆいです。うるうるしてます。今、ニッシ―がこの日記をつけているときも既にうるうるしています。もう、この時点で60%やばいです。これでもっと本格的に花粉が飛ぶようになればこのまま行くともっとひどくなってしまう。ああ〜何とかしなければ。
今年のニッシ―の花粉対策はあまりしていない。でも、去年は本当に何もやらなかったので今年は少しはやったよ。まず、マスクを購入。それと、大学の保健管理センターに行ってアドバイスも受けたし。ニッシ―なりには何とかしているはずなのですが、でもこのままではやばいですね。なので、今日の雨は本当にありがたい。つかの間の休息というやつ?
でも、来週あたりから本格的に飛びそう。と言うわけで明日は、ニッシ―日記をお休みします。明日は1日だけ実家にとんぼ返りをして去年、ニッシ―の花粉症の症状に最適の薬をもらった医者に行ってきます。ついでに、1日だけでも帰省して実家でのんびりしたいと思います。また、土曜日は用事があるのですよ。なので、1日だけでもゆっくりしようと思います。
さて、とうとう今日から3月になってしまいました。なのに、3月の始めから雨雨雨。もう、今日は朝から寒いし雨だし何かもう最悪な感じでした。まあ〜普段ならそう思うのかもしれませんが今日のニッシ―の気分は少し違ったりする。
何か、久々の雨が少しうれしい。なぜか?理由はただ1つ。花粉があんまりとばないから。そう、まさにこれです。去年は本当にやられました。そう、確か一昨年あたりからニッシ―の中で花粉症の症状が出始めて去年とうとう本格化してしまいました。もう、去年は本当に最悪でろくに喋れないわ、鼻水止まらないわ、くしゃみ連続わでもう、とても散々でした。そんな状態であのイオンクレジットが加わっていたわけですから対策など何も知らず、結局最悪の状態で病院に行って薬をもらって何とか直ったという経験があります。
その教訓をふまえて、今年は2月終わりごろからニッシ―晴れた日に外出する時は、まずマスクをする事にしました。これで、少しは去年よりは改善されるかな〜と思ったのですが・・・。確かに、鼻水は現在マスクの効果ありなのかどうなのか知りませんが、まだあまりでていません。これで、何とか今年はティッシュ生活は免れるかな?という感じです。
ただ、問題なのは目。ハイ、もうきてます。目がかゆいです。うるうるしてます。今、ニッシ―がこの日記をつけているときも既にうるうるしています。もう、この時点で60%やばいです。これでもっと本格的に花粉が飛ぶようになればこのまま行くともっとひどくなってしまう。ああ〜何とかしなければ。
今年のニッシ―の花粉対策はあまりしていない。でも、去年は本当に何もやらなかったので今年は少しはやったよ。まず、マスクを購入。それと、大学の保健管理センターに行ってアドバイスも受けたし。ニッシ―なりには何とかしているはずなのですが、でもこのままではやばいですね。なので、今日の雨は本当にありがたい。つかの間の休息というやつ?
でも、来週あたりから本格的に飛びそう。と言うわけで明日は、ニッシ―日記をお休みします。明日は1日だけ実家にとんぼ返りをして去年、ニッシ―の花粉症の症状に最適の薬をもらった医者に行ってきます。ついでに、1日だけでも帰省して実家でのんびりしたいと思います。また、土曜日は用事があるのですよ。なので、1日だけでもゆっくりしようと思います。
モーニング娘
2001年2月27日サエ子さん、お気に入り登録ありがとうございます。まあ〜こんな内容にとんだ日記ですがまあ〜楽しんでいってください。
モーニング娘の中で誰が良い? とたまに聞かれることがある。その質問に対して、ニッシ−は今までは、中澤裕子と安倍なつみと答えていた。理由は、なっちはただ純粋にかわいくて、中澤は一番年上なのによく年下の人と頑張っているな〜と思い、何となくすごいと思ってだった。
ニッシ−はあまり外見で人を判断しないようにはしているのだが、テレビとかブラウン管の向こうの人にはやっぱり本性がわからないのでどうしても顔から入ってしまう。このモーニング娘もそう。人それぞれによって誰が一番良いかは様々だが、少なくとも男達の間では、何かの話の話題になったり、自己紹介などで何か一言付け加えたりするのによく使ったりする。
高校の時もよく話をした。しかし、あの頃は確かなっちはお気に入りではなくてニッシ−のお気に入りの人は、中澤と市井沙耶香だった。そして、家の高校の時の男子のアンケートの結果でも市井沙耶香が1番だった。しかし、ニッシ−は当時、市井沙耶香がどんな顔をしているかはっきりいって知らなかったし興味もあまりなかった。そんな時、プッチモニの『ちょこっとlove』が発売された。この中のメンバーに市井もいたので早速ニッシ−このCDを買ってジャケットの写真と、歌番組のプロモーションビデオなどを確認する。お、確かにかわいいではないか!アンケート1位のことだけある。と勝手にニッシ−思い込んでしまいなぜか、その後友人にモーニング娘で誰が良いと聞かれたら、市井沙耶香と答えていた。そしたら友達も「そうだよな〜」と同調してくれるのでなぜかそこから、市井沙耶香を気にいってしまった。
しかし、市井沙耶香はモーニング娘を止めてしまった。ニッシ−も大学生になってしまいあまり、モーニング娘にも興味がなくなってきたその時、ニッシ−の目にある一人のモーニング娘のメンバーがテレビからニッシ−の目に入った。それは、後藤真希である。『ちょこっとlove』の時には、あまりお気に入りではなかったのだが最近何かのテレビで後藤真希を見た時、ニッシ−の目には随分変わったな〜。という印象を受けた。ただそれだけ。少し気になっただけ。ちょっとお気に入りになったかな?
でも、最近はニッシ−モーニング娘自体にあまり興味がない。一応アルバムは買ったが。まず、メンバーの顔と名前が一致しない。特に後から入ってきた方々。誰だ〜誰だ〜誰だ〜〜って言う感じで。あまり興味がないのかもしれない。いや、今は興味がないという割合が強いかも。でも、テレビとかで何かと話題には出てくる。なので、少し興味はあるかもしれない。でも、興味はあまりない。一体どっちなんだろう?
蛇足:最近、国会のニュースが面白い。毛沢東と江沢民を間違えるなよな〜。森総理。努力目標か。この言葉はニッシ−の生活の中で使えそう。使ってみようかな〜?
モーニング娘の中で誰が良い? とたまに聞かれることがある。その質問に対して、ニッシ−は今までは、中澤裕子と安倍なつみと答えていた。理由は、なっちはただ純粋にかわいくて、中澤は一番年上なのによく年下の人と頑張っているな〜と思い、何となくすごいと思ってだった。
ニッシ−はあまり外見で人を判断しないようにはしているのだが、テレビとかブラウン管の向こうの人にはやっぱり本性がわからないのでどうしても顔から入ってしまう。このモーニング娘もそう。人それぞれによって誰が一番良いかは様々だが、少なくとも男達の間では、何かの話の話題になったり、自己紹介などで何か一言付け加えたりするのによく使ったりする。
高校の時もよく話をした。しかし、あの頃は確かなっちはお気に入りではなくてニッシ−のお気に入りの人は、中澤と市井沙耶香だった。そして、家の高校の時の男子のアンケートの結果でも市井沙耶香が1番だった。しかし、ニッシ−は当時、市井沙耶香がどんな顔をしているかはっきりいって知らなかったし興味もあまりなかった。そんな時、プッチモニの『ちょこっとlove』が発売された。この中のメンバーに市井もいたので早速ニッシ−このCDを買ってジャケットの写真と、歌番組のプロモーションビデオなどを確認する。お、確かにかわいいではないか!アンケート1位のことだけある。と勝手にニッシ−思い込んでしまいなぜか、その後友人にモーニング娘で誰が良いと聞かれたら、市井沙耶香と答えていた。そしたら友達も「そうだよな〜」と同調してくれるのでなぜかそこから、市井沙耶香を気にいってしまった。
しかし、市井沙耶香はモーニング娘を止めてしまった。ニッシ−も大学生になってしまいあまり、モーニング娘にも興味がなくなってきたその時、ニッシ−の目にある一人のモーニング娘のメンバーがテレビからニッシ−の目に入った。それは、後藤真希である。『ちょこっとlove』の時には、あまりお気に入りではなかったのだが最近何かのテレビで後藤真希を見た時、ニッシ−の目には随分変わったな〜。という印象を受けた。ただそれだけ。少し気になっただけ。ちょっとお気に入りになったかな?
でも、最近はニッシ−モーニング娘自体にあまり興味がない。一応アルバムは買ったが。まず、メンバーの顔と名前が一致しない。特に後から入ってきた方々。誰だ〜誰だ〜誰だ〜〜って言う感じで。あまり興味がないのかもしれない。いや、今は興味がないという割合が強いかも。でも、テレビとかで何かと話題には出てくる。なので、少し興味はあるかもしれない。でも、興味はあまりない。一体どっちなんだろう?
蛇足:最近、国会のニュースが面白い。毛沢東と江沢民を間違えるなよな〜。森総理。努力目標か。この言葉はニッシ−の生活の中で使えそう。使ってみようかな〜?
ストレス発散
2001年2月26日最近、疲れがめちゃくちゃたまってる。それに加えてストレスの方もたまっている。何しろ忙しい。いや、あまり忙しくないのかもしれないけど何か、ストレスがたまっているのか忙しいように感じる。
今日も、部室でお仕事だった。何か、仕事をしている時にふと、ニッシ−この言葉を口にした。「ああ〜カラオケ行きたいな〜」そう言ってしまったら行くしかないでしょ〜。と、言うわけで有言実行のニッシ−。まじで、カラオケ行った。しかも1人。そう、ニッシ−の中では恒例になっている1人カラオケなのだ。うう〜1人でカラオケやるのは久しぶり。最近、本当に1人では行っていなかったからな〜。
1人カラオケ。高校の時はよくやってた。何か、暇な時。何かをやり終えた時、そしてむかむかしてる時、ストレスがたまっている時。実家からカラオケルームまでは自転車で20分とかなり遠かったのだが本当によく行っていた。そういうことをやって気分をスカッとさせていたのだ思う。
そして、今日。今日だけは本当に色んな意味で疲れやストレスがたまってきた。もう、今日を逃す手はないと思った。一応、今週の予定は一応あまりないのでもう、うってつけだった。大学から自転車で5分ほど行った所にあるカラオケ。1人なのに部屋を5、6人用のところを使って、歌った歌った。3時間。何曲くらい歌ったかな〜? もう、述べ30曲くらいは歌ったのだろうか? いやあ〜良いストレス発散になったと思うよ。
しかし、やってしまった。ニッシ−少し凹んでいるのにカラオケに行ってまず最初にバラード系の曲を入れてしまったではないか! うう〜これでまた気分が落ち込んできた。もう、そこからはノリノリノ曲をいっぱい入れて無理にでもニッシ−のテンションを高めた。そんなことをしていたので、歌い始めて約1時間でニッシ−のテンションはボルテージを超えた。1人でしかいないのを良い事にヘイ、ヘイ!とか、「うら〜いくぜ〜ベイビ〜」とか歌ってる時に激しく踊ったりとかもう、むちゃくちゃだった。また、ニッシ−の課題も見つかった。『箱根八里の半次郎』あれは、ニッシ−歌えるかな〜?と思ったら案外難しかった。紅白のビデオをもう1回見て練習しようと思う。『明日があるさ』某コマーシャルでよく歌われている歌である。本当は、坂本九さんの歌なのだが、ニッシ−あの歌気に入った。何か歌詞が昔のニッシ−みたいな感じがして、3回も歌った。
まあ〜そんなこんなで結構楽しかった3時間でした。でも、曲の選曲には注意しなければ。友達でカラオケに行く時のポイントはニッシ−なりにどこで、バラード系の曲を入れるかである。最初からいれたらいきなりムードがしゅんとしてしまう。なので、ニッシ−の理想としてはカラオケが盛り上がってきた6曲目か7曲目くらいかな〜?とは個人的に思っている。うう〜んこれは難しい。しかも、あまり連続でバラード系の曲を歌っていると本当に何か、切ない気持ちになってくるし。これはまた勉強だ。
まあ〜何はともあれもう、今日は本当に楽しかったと思う。これでまた、気分を切り替えて明日の仕事をやりたいな〜。果たしてニッシ−出来るかな〜?
今日も、部室でお仕事だった。何か、仕事をしている時にふと、ニッシ−この言葉を口にした。「ああ〜カラオケ行きたいな〜」そう言ってしまったら行くしかないでしょ〜。と、言うわけで有言実行のニッシ−。まじで、カラオケ行った。しかも1人。そう、ニッシ−の中では恒例になっている1人カラオケなのだ。うう〜1人でカラオケやるのは久しぶり。最近、本当に1人では行っていなかったからな〜。
1人カラオケ。高校の時はよくやってた。何か、暇な時。何かをやり終えた時、そしてむかむかしてる時、ストレスがたまっている時。実家からカラオケルームまでは自転車で20分とかなり遠かったのだが本当によく行っていた。そういうことをやって気分をスカッとさせていたのだ思う。
そして、今日。今日だけは本当に色んな意味で疲れやストレスがたまってきた。もう、今日を逃す手はないと思った。一応、今週の予定は一応あまりないのでもう、うってつけだった。大学から自転車で5分ほど行った所にあるカラオケ。1人なのに部屋を5、6人用のところを使って、歌った歌った。3時間。何曲くらい歌ったかな〜? もう、述べ30曲くらいは歌ったのだろうか? いやあ〜良いストレス発散になったと思うよ。
しかし、やってしまった。ニッシ−少し凹んでいるのにカラオケに行ってまず最初にバラード系の曲を入れてしまったではないか! うう〜これでまた気分が落ち込んできた。もう、そこからはノリノリノ曲をいっぱい入れて無理にでもニッシ−のテンションを高めた。そんなことをしていたので、歌い始めて約1時間でニッシ−のテンションはボルテージを超えた。1人でしかいないのを良い事にヘイ、ヘイ!とか、「うら〜いくぜ〜ベイビ〜」とか歌ってる時に激しく踊ったりとかもう、むちゃくちゃだった。また、ニッシ−の課題も見つかった。『箱根八里の半次郎』あれは、ニッシ−歌えるかな〜?と思ったら案外難しかった。紅白のビデオをもう1回見て練習しようと思う。『明日があるさ』某コマーシャルでよく歌われている歌である。本当は、坂本九さんの歌なのだが、ニッシ−あの歌気に入った。何か歌詞が昔のニッシ−みたいな感じがして、3回も歌った。
まあ〜そんなこんなで結構楽しかった3時間でした。でも、曲の選曲には注意しなければ。友達でカラオケに行く時のポイントはニッシ−なりにどこで、バラード系の曲を入れるかである。最初からいれたらいきなりムードがしゅんとしてしまう。なので、ニッシ−の理想としてはカラオケが盛り上がってきた6曲目か7曲目くらいかな〜?とは個人的に思っている。うう〜んこれは難しい。しかも、あまり連続でバラード系の曲を歌っていると本当に何か、切ない気持ちになってくるし。これはまた勉強だ。
まあ〜何はともあれもう、今日は本当に楽しかったと思う。これでまた、気分を切り替えて明日の仕事をやりたいな〜。果たしてニッシ−出来るかな〜?
ミス
2001年2月25日今日は、国公立大学の2次試験。ニッシ−達新入生歓迎企画実行委員会は駅、バス停、大学構内で受験生がきちんと大学内に行けて試験が出来るよう案内の仕事をしていた。結構色々と大変だったが特に大きな問題もなく取り合えずは終われたことは良かった。また、後期試験もあるので頑張っていこうと思う。
まあ〜こういう仕事をしているわけですから今日は、起床時間も早かった。試験開始2時間前の7:00から各持ち場で受験生の誘導をやっていたのでニッシ−の今日の起床時間は朝5:00本当に早朝である。外はまだ暗い。ニッシ−1人、スーツに着替え(一応正装)5:30頃アパートを出発する。
5:40頃直接持ち場に行かず(ニッシ−の担当は駅近くのバス停)24時間営業のファミレスの中に入りパンケーキとコーヒーを5杯飲みながらそこで今日のマニュアルの確認。そして、その後6:20に取り合えず駅に到着。ニッシ−の担当は駅(水戸駅)近くのバス停なのだが、朝は人がいっぱいで混んでいるためバスがニッシ−の担当のバス停を通過してしまう可能性があるのだ。なので基本的には受験生を時間帯に余裕がある時は駅まで誘導するという仕事があったのでニッシ−自ら駅からバス停までの時間を歩いて測定した。そうすれば大体の目安が分かるからだ。
その後7:00になりニッシ−の仕事が始まる。受験生がやってきた。「このバスに乗ってください」「あ、このバスは違います」「1回水戸駅まで行ったほうが近いですよ〜」等などまあ〜大きなトラブルもなく無事に終了できた。
これだけの内容を聞くとな〜んだ朝早起きするだけで結構楽じゃんと思っている人もいるかもしれない。確かに、楽といわれれば楽かもしれないがこっちは真剣である。間違えたバスに乗せたりなんかしたらもう、受験生の未来は終わってしまうかもしれないし、受験生に色々と質問されたがあまり推測では答えられない、自分がしっかりその情報を知っていないとだめなのだ。
最近、日航機のニアミス事故が話題となっているが航空管制官にとっては、ミスが許されない。「スイマセン」が通用できない世界。医療ミスもそうだ。仕事によっては当然、「スイマセン次回から気をつけます」ですむところもある。ニッシ−も野球の審判をやっているがたま〜にミスをしたり自分でも予想さえしなかったトラブルプレイが起こったりする。その時、もし何も分からないと選手からブーイングが来る。そこで、諸先輩方にアドバイスを聞きに行き一応のことを解決するのだ。しかし、これも最近審判の誤審が騒がれている中でミスを起こすわけにもいかないと私は思っている。
人間は様々な失敗を重ねながら大きくそして、立派に成っていくものだと思う。なので謙虚な気持ちというのはもちろん必要だし、失敗するなとはさすがに言えないし失敗しないというほうが無理かもしれない。ただ、世の中そのように上手くはいかない。どうも、人間というのは自分勝手な生き物でミスをたたくのが好きだからだ。これは自分も然り。まあ〜これは、相手というものがあればとうぜんなのかもしれない。
だからこそ、自分の仕事に信念を持ってやらなくてはいけないと思う。特に相手を必要とする仕事。乗客、患者、選手、そして受験生。相手の立場になってそれでもって自分の信念を持って自分が出来る限りの最大限の力を出す。相手は何も知らない。なので、頼れるのはその人しかいない。だからこそきちんとやらなくてはならないと思う。
今日の受験生達の表情。とても初々しかった。1年前のニッシ−もそうだったんだな〜。と思いつつ今日の日程を終えニッシ−アパートに戻るのだった。
まあ〜こういう仕事をしているわけですから今日は、起床時間も早かった。試験開始2時間前の7:00から各持ち場で受験生の誘導をやっていたのでニッシ−の今日の起床時間は朝5:00本当に早朝である。外はまだ暗い。ニッシ−1人、スーツに着替え(一応正装)5:30頃アパートを出発する。
5:40頃直接持ち場に行かず(ニッシ−の担当は駅近くのバス停)24時間営業のファミレスの中に入りパンケーキとコーヒーを5杯飲みながらそこで今日のマニュアルの確認。そして、その後6:20に取り合えず駅に到着。ニッシ−の担当は駅(水戸駅)近くのバス停なのだが、朝は人がいっぱいで混んでいるためバスがニッシ−の担当のバス停を通過してしまう可能性があるのだ。なので基本的には受験生を時間帯に余裕がある時は駅まで誘導するという仕事があったのでニッシ−自ら駅からバス停までの時間を歩いて測定した。そうすれば大体の目安が分かるからだ。
その後7:00になりニッシ−の仕事が始まる。受験生がやってきた。「このバスに乗ってください」「あ、このバスは違います」「1回水戸駅まで行ったほうが近いですよ〜」等などまあ〜大きなトラブルもなく無事に終了できた。
これだけの内容を聞くとな〜んだ朝早起きするだけで結構楽じゃんと思っている人もいるかもしれない。確かに、楽といわれれば楽かもしれないがこっちは真剣である。間違えたバスに乗せたりなんかしたらもう、受験生の未来は終わってしまうかもしれないし、受験生に色々と質問されたがあまり推測では答えられない、自分がしっかりその情報を知っていないとだめなのだ。
最近、日航機のニアミス事故が話題となっているが航空管制官にとっては、ミスが許されない。「スイマセン」が通用できない世界。医療ミスもそうだ。仕事によっては当然、「スイマセン次回から気をつけます」ですむところもある。ニッシ−も野球の審判をやっているがたま〜にミスをしたり自分でも予想さえしなかったトラブルプレイが起こったりする。その時、もし何も分からないと選手からブーイングが来る。そこで、諸先輩方にアドバイスを聞きに行き一応のことを解決するのだ。しかし、これも最近審判の誤審が騒がれている中でミスを起こすわけにもいかないと私は思っている。
人間は様々な失敗を重ねながら大きくそして、立派に成っていくものだと思う。なので謙虚な気持ちというのはもちろん必要だし、失敗するなとはさすがに言えないし失敗しないというほうが無理かもしれない。ただ、世の中そのように上手くはいかない。どうも、人間というのは自分勝手な生き物でミスをたたくのが好きだからだ。これは自分も然り。まあ〜これは、相手というものがあればとうぜんなのかもしれない。
だからこそ、自分の仕事に信念を持ってやらなくてはいけないと思う。特に相手を必要とする仕事。乗客、患者、選手、そして受験生。相手の立場になってそれでもって自分の信念を持って自分が出来る限りの最大限の力を出す。相手は何も知らない。なので、頼れるのはその人しかいない。だからこそきちんとやらなくてはならないと思う。
今日の受験生達の表情。とても初々しかった。1年前のニッシ−もそうだったんだな〜。と思いつつ今日の日程を終えニッシ−アパートに戻るのだった。
ドキュメンタリー
2001年2月23日テレビなどのドキュメンタリー番組でよくその人の生涯とかその人の人生とかを放送する事がある。ニッシ−、そういったドキュメンタリー番組をよく見たり21日の日記のようにふと、テレビをつけたらドキュメンタリータッチのような事をやっていてつい見てしまうということも多い。それらを見てニッシ−いつも思うことはああ〜結構大変だったんだな〜。とか結構苦労していたんだな〜。とか色々な事があったんだな〜。とかそういったことを思って少し情に入ってしまう事があるのだが、ちょっとひねくれた考えだが裏を返せば苦労をしていない人間なんていないと思うし、ニッシ−だって今まで様々な経験をしてきた。でも、ああいった番組を見るといつも思ってしまう。俺はどうなんだ。
今日もサークルが終わり帰ろうとして自転車に乗ったらいきなり後ろから「ニッシ−く〜ん」と声をかけられた。誰?誰?誰?と思っていたら同じ学科で来年度4年生になる先輩だった。この方は、ニッシ−も個人的に好きだったので思わず「あ、どうしたんですか〜」と声をかける。その後、話しの成り行きで生協で晩ご飯を一緒に食べる事に。
食事中先輩と色々話した。でも、ニッシ−は聞き役で主に喋っていたのは先輩のほう、先輩の部活のエピソードや、部活を止めようと思ったこと、1回止めたけどまた復活した事など様々な事を聞いた。今は、その先輩は副部長らしいのだが裏で色々と大変な事があったんだな〜とニッシ−思わず思いかける言葉もなかった。いや、見つからなかった。
その後、ニッシ−もこの間の日記に書いたけど俺は、教師に向いているのかとか大学院に行こうかどうか悩んでいるとか色々と相談もした。でも、先輩は今は色々な事を経験したほうが良いよ。大切なのは何事においても探求心を持つこと等色々とアドバイスをもらった。本当にニッシ−のこんな幼稚な戯れ言を聞いてくれてしかもアドバイスまでしてくれて本当にありがとうございましたの気持ちでいっぱいである。先輩の言っていた探求心これはニッシ−もっていたいと思う。
皆色々な所で苦労しているんだな〜。ニッシ−もそうだし他の人もそう。でも、いつもニッシ−の方が劣っていると思ってしまう。全部の話し、アドバイスを聞くというのもいいかもしれないが、自分でアドバイスを選んで話を選んでそれを自分にいかす!ニッシ−の場合はこれの繰り返し、その中で本当のニッシ−、本当の自分というのを探している。でも、それは一生こないかもしれない。でも、ニッシ−探しつづける。100点を取れる日はおそらくない。いつもどこかに欠点がある。しかし、100点に近づく事は可能だと思う。なので、いつもいつもニッシ−頑張っていきたい。
今日もサークルが終わり帰ろうとして自転車に乗ったらいきなり後ろから「ニッシ−く〜ん」と声をかけられた。誰?誰?誰?と思っていたら同じ学科で来年度4年生になる先輩だった。この方は、ニッシ−も個人的に好きだったので思わず「あ、どうしたんですか〜」と声をかける。その後、話しの成り行きで生協で晩ご飯を一緒に食べる事に。
食事中先輩と色々話した。でも、ニッシ−は聞き役で主に喋っていたのは先輩のほう、先輩の部活のエピソードや、部活を止めようと思ったこと、1回止めたけどまた復活した事など様々な事を聞いた。今は、その先輩は副部長らしいのだが裏で色々と大変な事があったんだな〜とニッシ−思わず思いかける言葉もなかった。いや、見つからなかった。
その後、ニッシ−もこの間の日記に書いたけど俺は、教師に向いているのかとか大学院に行こうかどうか悩んでいるとか色々と相談もした。でも、先輩は今は色々な事を経験したほうが良いよ。大切なのは何事においても探求心を持つこと等色々とアドバイスをもらった。本当にニッシ−のこんな幼稚な戯れ言を聞いてくれてしかもアドバイスまでしてくれて本当にありがとうございましたの気持ちでいっぱいである。先輩の言っていた探求心これはニッシ−もっていたいと思う。
皆色々な所で苦労しているんだな〜。ニッシ−もそうだし他の人もそう。でも、いつもニッシ−の方が劣っていると思ってしまう。全部の話し、アドバイスを聞くというのもいいかもしれないが、自分でアドバイスを選んで話を選んでそれを自分にいかす!ニッシ−の場合はこれの繰り返し、その中で本当のニッシ−、本当の自分というのを探している。でも、それは一生こないかもしれない。でも、ニッシ−探しつづける。100点を取れる日はおそらくない。いつもどこかに欠点がある。しかし、100点に近づく事は可能だと思う。なので、いつもいつもニッシ−頑張っていきたい。
お〜い、どうなっとるんじゃ〜。
2001年2月22日今日の水戸は、とても温かかった。最高気温が朝の天気予報だと17℃、4月中旬並の温かさだったのでコートを着なくても温かいくらいだった。なのに、ニッシ−は今日コートを着た。なぜか? 塾講師のバイトがあるからである。終わるのが20:30なので夜だと少しは寒くなるだろうと思い、コートを着ていった。しかし、実際には普段より全然寒くなくコートがなくても十分だった。バイト終了後、ニッシ−突然喉がかわいてきた。やばい、何か飲まないと。このままではヤバイと自分で判断し、取りあえず大学近くのココスへ行くことにした。
ココスについては以前の日記にも何回か書いているとは思うが、あの朝バイキングが出来るココスである。なので、ニッシ−少し気に入っていた。しかもここのメニューの中にドリンクバーがあるのだが、280円で飲み物飲み放題なのだ。しかも、種類も豊富でホット類は何といってもコーヒーの種類が多い。アメリカン、ブレンド、カプチーノ等4種類もあるのだ。また、コールドドリンクの数も種類が多くコカコーラや、ニッシーの大好きなカルピスまで置いてある。これがたった280円で飲み放題なのだからすごいお得である。同じドリンクバー280円のお隣のガストより良いとは思っていた。今日は、のどが本当にニッシ−からからだったのでこのカルピスとコーヒーを目当にココスに行った。
今日もいつものように店内に入り、メニューを見る。そしたら、メニューの表紙が変わっていた。おお〜新しくなったね〜。気持ちが良いね〜。とかニッシ−思っていたのだが、メニューの中身を見てみると、すんとこどっこいな、な、な、な、な、な、な、な、な、何とドリンクバーが380円になっているではないか! うぎょ〜これはどういうことだ? 目をこらしてもう1度メニューを見てみる。しかし、何回見てもメニューには『ドリンクバー380円』と記述されている。くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜ニッシ−個人的に少しショックだった。
確かにココスのドリンクバーは、種類は豊富で、結構店内の雰囲気も明るいし料理もボリュームがあるし好きだったんだけどこのドリンクバー380円はどうか?と思った。そうでなくともココスのメニューは少し高いと思っていたのに。
値段を決める際、大事なのは消費者と生産者の需要と供給の関係。生産者側の意向もあるだろうが、消費者側としては出来るだけ安い値段で「この量で、この味で○○円は安いな〜」と思わせられるようなメニューが良いな〜とニッシーは思っている。それが出来ていたのがニッシ−個人的には朝バイキングの580円だったと思うし、ドリンクバーの280円だった。
しかし、今回ドリンクバーが100円値上がりした事によってたかが100円、しかしされど100円でもうおそらくドリンクバーは頼みづらくなってしまうし、ニッシ−は、ココス自体に行かなくなってしまうのではないかとも思った。それくらい、ニッシ−の中でこの380円は大きかった。飲み物自体はセルフ・サービスだし280円でも良い気はした。おそらく、今後ニッシ−がココスに行く日は、朝バイキングのみになってしまうかもしれない。
しかし、1回気にいってしまった店だし、また夜も行くかもしれない。これからのニッシ−の動向がどうなるのか? ニッシ−本人少し楽しみだったりする。とかいってもその日の気分によって変わるだろうけどね。(笑)
ココスについては以前の日記にも何回か書いているとは思うが、あの朝バイキングが出来るココスである。なので、ニッシ−少し気に入っていた。しかもここのメニューの中にドリンクバーがあるのだが、280円で飲み物飲み放題なのだ。しかも、種類も豊富でホット類は何といってもコーヒーの種類が多い。アメリカン、ブレンド、カプチーノ等4種類もあるのだ。また、コールドドリンクの数も種類が多くコカコーラや、ニッシーの大好きなカルピスまで置いてある。これがたった280円で飲み放題なのだからすごいお得である。同じドリンクバー280円のお隣のガストより良いとは思っていた。今日は、のどが本当にニッシ−からからだったのでこのカルピスとコーヒーを目当にココスに行った。
今日もいつものように店内に入り、メニューを見る。そしたら、メニューの表紙が変わっていた。おお〜新しくなったね〜。気持ちが良いね〜。とかニッシ−思っていたのだが、メニューの中身を見てみると、すんとこどっこいな、な、な、な、な、な、な、な、な、何とドリンクバーが380円になっているではないか! うぎょ〜これはどういうことだ? 目をこらしてもう1度メニューを見てみる。しかし、何回見てもメニューには『ドリンクバー380円』と記述されている。くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜くう〜ニッシ−個人的に少しショックだった。
確かにココスのドリンクバーは、種類は豊富で、結構店内の雰囲気も明るいし料理もボリュームがあるし好きだったんだけどこのドリンクバー380円はどうか?と思った。そうでなくともココスのメニューは少し高いと思っていたのに。
値段を決める際、大事なのは消費者と生産者の需要と供給の関係。生産者側の意向もあるだろうが、消費者側としては出来るだけ安い値段で「この量で、この味で○○円は安いな〜」と思わせられるようなメニューが良いな〜とニッシーは思っている。それが出来ていたのがニッシ−個人的には朝バイキングの580円だったと思うし、ドリンクバーの280円だった。
しかし、今回ドリンクバーが100円値上がりした事によってたかが100円、しかしされど100円でもうおそらくドリンクバーは頼みづらくなってしまうし、ニッシ−は、ココス自体に行かなくなってしまうのではないかとも思った。それくらい、ニッシ−の中でこの380円は大きかった。飲み物自体はセルフ・サービスだし280円でも良い気はした。おそらく、今後ニッシ−がココスに行く日は、朝バイキングのみになってしまうかもしれない。
しかし、1回気にいってしまった店だし、また夜も行くかもしれない。これからのニッシ−の動向がどうなるのか? ニッシ−本人少し楽しみだったりする。とかいってもその日の気分によって変わるだろうけどね。(笑)
俺は向いているのか?
2001年2月21日ニッシ−は、よく意味もないのにテレビのチャンネルをぐるぐる回していたりすることが多い。でも、大体見る番組は決まっている。朝、5:59〜7:00は『じぱんぐ朝6』7:00〜8:00は、『ズームイン朝』8:00〜10:00(一応)は『とくだね』を基本的には、見ている。ただ、その日の企画がつまらなかったりあまり興味がない企画だったりすると恒例のチャンネル回しをやってみるのだ。今日も、とくだねにあきてきたのでチャンネル回しをやってみた。そしたら、たまたまつけた番組が『ルックルックこんにちは』の女の、のど自慢だった。
これは、タイトル通り女ののど自慢なのだが、その人が歌う前にその人のエピソードが映し出される。今日の1番に歌った人。はっきりいってすごいと思った。彼女は昭和56年の1月生まれ、早生まれなのでニッシ−より学年は1個上だが同じ年に生まれている。彼女は、中学生の頃から、不良仲間達と遊び親にもよく反発していた。高校に入学するが1年の2学期頃から不登校になり、不良グループ達と遊んだり、その辺をぶらぶらしていたらしい。彼女は、退学届を提出したそうだが受理はされなかった。担任だった先生が、「お前の将来どうするんだ」と退学をひきとめたらしい。
彼女は、家でも母親にわがままを通すなどの生活をしていて親や学校に多大な迷惑をかけたそうだ。そんな彼女を説得したのが母親だった。母親は、ある日突然娘の首をしめ娘と一緒に心中をはかろうとしたのだ。結局それは失敗。その後、母親は家を出て行く事になった。彼女はこの出来事をきっかけに、自分のわがままに反省し高校にもきちんと行くようになったという。しかし、今まで高校に行っていなかったので成績の方は、1年の頃は最下位だったという。その後、彼女がどれだけ頑張ったかニッシ−はわからないが、よほど頑張ったのだろう。高校3年の1学期には学年で2番になったという。そして、今は東京理科大学に在学中だそうだ。
そして、彼女は今教師の道を目指しているという。ニッシ−も今現在一応、教師という道を目指している。それ以外にも色々とやりたい事はあるが現段階では、教師になりたいという夢がほかの夢に比べると大きい。ただ、ニッシ−は最近思うのだ。果たして俺は教師に向いているかどうか?今回の彼女の出来事を見て少し思った。いや、大学に入ってからその事を疑問に投げかけていた。ニッシ−ははっきりいって他の人より人生経験はないと思う。本当に今まで、良しとされている環境の中で育ってきた。いじめ、不登校などの、登校拒否等今、いわゆる教育現場で抱えている問題に遭遇した事がないのだ。
教師という仕事は、授業を教える事はもちろんだが生徒達を正しい方向に進ませなければならない。また、悩み事や相談にも応じ、生徒1人1人と十分に接しまたは、クラスという1つの輪というものを築かなくてはならない。時には、楽しく。そして、時には厳しく。ニッシ−に今欠けているのはこの厳しくという部分だ。ニッシーは争い事というのをあまりやりたくない。また俗に言われている変な人とはかかわらないようにしてきた。ただ、教師という仕事についたらそのような生徒も当然出てくるに違いない。ニッシ−の今思っている生徒達だけではもちろんないだろう。その人達と一緒にいかにして接しそしてどう振り向かせるか?
この事を考えた時、1つの参考になるのが今まで自分が生きてきた生き方だと思う。自分がそのような経験をしてきたら、その経験をもとに少しはアドバイスが出来るだろうし的確な指示が出来ると思う。だから、教師は年月を重ねている教師の方が色んな生徒を見てきたと思うのでそういった経験は豊富だ。ただ、若い教師はそのような経験はもちろんない。そこで、自分が今まで歩んできた経験を参考に生徒達にアドバイス等をする事もあると思う。彼女にあってニッシ−にないものはまさしくこの経験という部分だ。
そしてそれらを考えた時、ニッシ−はもしかしたら自分は教師に向いていないのではないか?と疑問を投げかけるのだ。今、日本が抱えている教育問題。この問題に対して、ニッシ−はどう接していくか?その能力がニッシ−には他の人と比べて乏しいと思う。そしてそれらが分かり、きちんと生徒達全員と接する事が出来た時、これぞ本当の教師だと思う。もう少し、ニッシ−が教師になったらのことについて考えてみようと思う。
これは、タイトル通り女ののど自慢なのだが、その人が歌う前にその人のエピソードが映し出される。今日の1番に歌った人。はっきりいってすごいと思った。彼女は昭和56年の1月生まれ、早生まれなのでニッシ−より学年は1個上だが同じ年に生まれている。彼女は、中学生の頃から、不良仲間達と遊び親にもよく反発していた。高校に入学するが1年の2学期頃から不登校になり、不良グループ達と遊んだり、その辺をぶらぶらしていたらしい。彼女は、退学届を提出したそうだが受理はされなかった。担任だった先生が、「お前の将来どうするんだ」と退学をひきとめたらしい。
彼女は、家でも母親にわがままを通すなどの生活をしていて親や学校に多大な迷惑をかけたそうだ。そんな彼女を説得したのが母親だった。母親は、ある日突然娘の首をしめ娘と一緒に心中をはかろうとしたのだ。結局それは失敗。その後、母親は家を出て行く事になった。彼女はこの出来事をきっかけに、自分のわがままに反省し高校にもきちんと行くようになったという。しかし、今まで高校に行っていなかったので成績の方は、1年の頃は最下位だったという。その後、彼女がどれだけ頑張ったかニッシ−はわからないが、よほど頑張ったのだろう。高校3年の1学期には学年で2番になったという。そして、今は東京理科大学に在学中だそうだ。
そして、彼女は今教師の道を目指しているという。ニッシ−も今現在一応、教師という道を目指している。それ以外にも色々とやりたい事はあるが現段階では、教師になりたいという夢がほかの夢に比べると大きい。ただ、ニッシ−は最近思うのだ。果たして俺は教師に向いているかどうか?今回の彼女の出来事を見て少し思った。いや、大学に入ってからその事を疑問に投げかけていた。ニッシ−ははっきりいって他の人より人生経験はないと思う。本当に今まで、良しとされている環境の中で育ってきた。いじめ、不登校などの、登校拒否等今、いわゆる教育現場で抱えている問題に遭遇した事がないのだ。
教師という仕事は、授業を教える事はもちろんだが生徒達を正しい方向に進ませなければならない。また、悩み事や相談にも応じ、生徒1人1人と十分に接しまたは、クラスという1つの輪というものを築かなくてはならない。時には、楽しく。そして、時には厳しく。ニッシ−に今欠けているのはこの厳しくという部分だ。ニッシーは争い事というのをあまりやりたくない。また俗に言われている変な人とはかかわらないようにしてきた。ただ、教師という仕事についたらそのような生徒も当然出てくるに違いない。ニッシ−の今思っている生徒達だけではもちろんないだろう。その人達と一緒にいかにして接しそしてどう振り向かせるか?
この事を考えた時、1つの参考になるのが今まで自分が生きてきた生き方だと思う。自分がそのような経験をしてきたら、その経験をもとに少しはアドバイスが出来るだろうし的確な指示が出来ると思う。だから、教師は年月を重ねている教師の方が色んな生徒を見てきたと思うのでそういった経験は豊富だ。ただ、若い教師はそのような経験はもちろんない。そこで、自分が今まで歩んできた経験を参考に生徒達にアドバイス等をする事もあると思う。彼女にあってニッシ−にないものはまさしくこの経験という部分だ。
そしてそれらを考えた時、ニッシ−はもしかしたら自分は教師に向いていないのではないか?と疑問を投げかけるのだ。今、日本が抱えている教育問題。この問題に対して、ニッシ−はどう接していくか?その能力がニッシ−には他の人と比べて乏しいと思う。そしてそれらが分かり、きちんと生徒達全員と接する事が出来た時、これぞ本当の教師だと思う。もう少し、ニッシ−が教師になったらのことについて考えてみようと思う。
もう1年経つのか〜
2001年2月20日1月は行く。2月は逃げる。3月は去るという言葉があるようにこの3ヶ月はとても月日がたつのが早く感じる。また、この時期は出会いと別れの季節でもあるため過去の思い出を懐かしく感じる事も多い季節でもある。
ニッシ−、思う事がある、ああ〜もう、1年前ニッシ−は高校を卒業したのか〜という懐かしい思い。それももちろんだが、それ以外にニッシ−の思い出に残る出来事。それは、クレジット会社のバイトである。確か、去年の今頃面接をやった気がする。なぜか、バイトの面接なのに面接会場が和室でそこで1時間ほど面接をした。ニッシ−、あぐらをさすがにかくわけにもいかなかったのでなぜか、ずっと正座だった。もう、面接が終わった後はもう足がしびれちゃってトイレで20分くらい足のしびれがとけるのを待っていた。そんな辛い思いで、でも、後から振りかえると結構良い思い出だったりもする。
クレジット会社といってもあまりピンと来ない人も多いと思うので、正体を明かしてしまおう。その名も、イオンクレジット、そして扱っていたカードはジャスコカードなのだ〜。
今日は、20日。ジャスコマニア(んな人はいるのかな〜?)の人は知っていると思うがジャスコでは、毎月20日はお客様感謝デーと言って全ての商品は5%割り引きになる。しかも、化粧品は毎日10%割り引き。通帳や印鑑がなくてもその場でジャスコカードを発行できる。(仮バージョンだが)しかも、入会金年会費一切無料で毎年カード盗難保障両の70円だけ払えば良いというお得なカード?なのだ。しかも、イオンサポートサービスと言うのに入会すると(ジャスコカードとは別)毎年2800円で水道トラブルや、鍵がなくて家や車にはいれなくなったときとか、遠距離で車が故障した時などのサポートまで行ってくれるのだ。
1年たった今でも、ニッシ−ジャスコカードの仕組みを覚えている。それぐらい、あの時は真剣にやっていたんだな〜と思った。もともと、なんでこのバイトをやろうかと思ったかと言うと前にも書いたのかもしれないがただ、時給1000円と言うのにひかれたから。最初は、本当にそんな単純な理由で申し込んだ。しかし、いざ実際にやってみるとそりゃ〜もう大変で、バイト1日目なんか担当者に注意されまくりで帰り道なんか悔しくて少し泣いていたきがした。
そして、2日目。もう、同じ失敗はくりかえさマイとその日の朝、仕事が始まるまでカンペマデ作って猛特訓?した。そうやっていくうちにだんだんと慣れてきて3日目には、自分なりのものが得られたと思った。結果もまあまあだった。
このバイトで感じた事は始めは本当に嫌だと思ったけど、嫌でも自分なりに色々工夫した事によって何か、途中から仕事が楽しくなっていった自分がそこにいた。それは、自分でも身にしみて感じた。ニッシ−は、声だし専門だったのだが途中から声のテンションもあがっていったのだ。何か、楽しい。そう思った事もあった。ほんの一瞬でもあるが、もっとバイト続けようかな〜?とも思った。でも、今は結局やっていませんけどね〜。もうおそらくやらないでしょう。(笑)
ただ、あそこのバイトでニッシ−が得たものはかなり大きかったと思う。始めての接客業、働くと言う大変さ、企業の裏側色々と参考にする所が多かった。今でも、たまに友人にバイトの時の出来事を語ったりもする。これで、1時間は持つ。それくらい話す事がいっぱい出てくるのだ。
あの時に得た貴重な体験、出来事。その事を思いながらニッシ−は1年前を懐かしく思うのである。しかし、1つ欠点が。ニッシ−ジャスコでバイトしていたのだが、バイトを止めてからまだ1回もそのバイト先でお世話になったジャスコに行っていない。何か、未だに行くのが少し怖い。担当者に会いそうで。会ったら「お、ニッシ−君。ことしもやらない?」とか言われそうだし。ニッシ−の夢にも未だにこの辛かったバイトの日々が映し出される事もあるし。それだけ辛かったのだ。ただ、そのぶん得たものも大きかった。大切にしていきたい。
ニッシ−、思う事がある、ああ〜もう、1年前ニッシ−は高校を卒業したのか〜という懐かしい思い。それももちろんだが、それ以外にニッシ−の思い出に残る出来事。それは、クレジット会社のバイトである。確か、去年の今頃面接をやった気がする。なぜか、バイトの面接なのに面接会場が和室でそこで1時間ほど面接をした。ニッシ−、あぐらをさすがにかくわけにもいかなかったのでなぜか、ずっと正座だった。もう、面接が終わった後はもう足がしびれちゃってトイレで20分くらい足のしびれがとけるのを待っていた。そんな辛い思いで、でも、後から振りかえると結構良い思い出だったりもする。
クレジット会社といってもあまりピンと来ない人も多いと思うので、正体を明かしてしまおう。その名も、イオンクレジット、そして扱っていたカードはジャスコカードなのだ〜。
今日は、20日。ジャスコマニア(んな人はいるのかな〜?)の人は知っていると思うがジャスコでは、毎月20日はお客様感謝デーと言って全ての商品は5%割り引きになる。しかも、化粧品は毎日10%割り引き。通帳や印鑑がなくてもその場でジャスコカードを発行できる。(仮バージョンだが)しかも、入会金年会費一切無料で毎年カード盗難保障両の70円だけ払えば良いというお得なカード?なのだ。しかも、イオンサポートサービスと言うのに入会すると(ジャスコカードとは別)毎年2800円で水道トラブルや、鍵がなくて家や車にはいれなくなったときとか、遠距離で車が故障した時などのサポートまで行ってくれるのだ。
1年たった今でも、ニッシ−ジャスコカードの仕組みを覚えている。それぐらい、あの時は真剣にやっていたんだな〜と思った。もともと、なんでこのバイトをやろうかと思ったかと言うと前にも書いたのかもしれないがただ、時給1000円と言うのにひかれたから。最初は、本当にそんな単純な理由で申し込んだ。しかし、いざ実際にやってみるとそりゃ〜もう大変で、バイト1日目なんか担当者に注意されまくりで帰り道なんか悔しくて少し泣いていたきがした。
そして、2日目。もう、同じ失敗はくりかえさマイとその日の朝、仕事が始まるまでカンペマデ作って猛特訓?した。そうやっていくうちにだんだんと慣れてきて3日目には、自分なりのものが得られたと思った。結果もまあまあだった。
このバイトで感じた事は始めは本当に嫌だと思ったけど、嫌でも自分なりに色々工夫した事によって何か、途中から仕事が楽しくなっていった自分がそこにいた。それは、自分でも身にしみて感じた。ニッシ−は、声だし専門だったのだが途中から声のテンションもあがっていったのだ。何か、楽しい。そう思った事もあった。ほんの一瞬でもあるが、もっとバイト続けようかな〜?とも思った。でも、今は結局やっていませんけどね〜。もうおそらくやらないでしょう。(笑)
ただ、あそこのバイトでニッシ−が得たものはかなり大きかったと思う。始めての接客業、働くと言う大変さ、企業の裏側色々と参考にする所が多かった。今でも、たまに友人にバイトの時の出来事を語ったりもする。これで、1時間は持つ。それくらい話す事がいっぱい出てくるのだ。
あの時に得た貴重な体験、出来事。その事を思いながらニッシ−は1年前を懐かしく思うのである。しかし、1つ欠点が。ニッシ−ジャスコでバイトしていたのだが、バイトを止めてからまだ1回もそのバイト先でお世話になったジャスコに行っていない。何か、未だに行くのが少し怖い。担当者に会いそうで。会ったら「お、ニッシ−君。ことしもやらない?」とか言われそうだし。ニッシ−の夢にも未だにこの辛かったバイトの日々が映し出される事もあるし。それだけ辛かったのだ。ただ、そのぶん得たものも大きかった。大切にしていきたい。
ニッシ−という人間
2001年2月19日昨日は、日記更新できず。もちろん寝てた。(笑)今週からきちんとやろうとは思っているのですが、さあ〜てどうなる事やら。
今日は、ニッシ−1日中アパートにいました。別にどこに出かけるというわけでもなくただ、1人でボーっとしていました。今日は、久しぶりに羽を伸ばそうと思ったのです。また、明日からいつものニッシ−で頑張ろうと思っています。
今日は、本当に何もしないでアパートにいた。ご飯も食べなかった。食欲がなかった。こんな日ははっきり言って珍しい。たまに、ドラクエ?を進め、昼寝以外はただボーっとしていた。でも、ただボーっとしていたわけではなくて少し理由があってニッシ−という自分について考えてみた。
何か、考えてみると自分がいかにだめな人間かという事が身にしみて感じてきた。自分の理想だけをおいもとめ、現実が見えてなく何をやっても自分は他の人に比べて能力がないように感じた。本当に自分は、ふつつかな人間だ。誰も責める事は出来ない。自分自身が悪いのだから。こんな風に考え始めたらニッシ−きりがない。今までニッシ−がとってきた行動、言動が全てだめだったかのように思えてくる。実際だめだったとニッシ−自身でも思ってしまう。これからどうすればいいのだろう?ニッシ−の中でそのような思いがめぐる。
ニッシ−なんかいなくたっていいんだ。とかも思ったりする。実際のところはどうなんだろう?みんなニッシ−のことを必要としているのだろうか?実は、心の裏でニッシ−の事を変なふうに思っていないだろうか?色々と考えた。
ニッシ−は基本的に人に言われないとその事が分からない。ニッシ−も人間なので言われたら怒ることもあるだろうし、ショックをうける事もある。でも、言ってくれるだけありがたいとも感じる。その間で戦っているのだと思う。そこで自分自身について反省してまた、新たな道を切り開けば良いのだろうけど周りの視線というのがやはり気になってしまう。しかし、今までそれで乗り越えてきた。今回もそれで乗り切ろうと思う。
21:30頃、ココスに言った。コーヒーを飲みながらそこでまた考える。答えはないのかもしれないけど考える。自分のいけなかったところから徐々に直していこうと思う。悩むのはもう、今日で終わりにする。ただし、それは形式上のものでこれからも考えていこうと思う。明日からまたいつも通りに頑張ろうと思う。やらなければいけない事が色々あるので。
今日は、ニッシ−1日中アパートにいました。別にどこに出かけるというわけでもなくただ、1人でボーっとしていました。今日は、久しぶりに羽を伸ばそうと思ったのです。また、明日からいつものニッシ−で頑張ろうと思っています。
今日は、本当に何もしないでアパートにいた。ご飯も食べなかった。食欲がなかった。こんな日ははっきり言って珍しい。たまに、ドラクエ?を進め、昼寝以外はただボーっとしていた。でも、ただボーっとしていたわけではなくて少し理由があってニッシ−という自分について考えてみた。
何か、考えてみると自分がいかにだめな人間かという事が身にしみて感じてきた。自分の理想だけをおいもとめ、現実が見えてなく何をやっても自分は他の人に比べて能力がないように感じた。本当に自分は、ふつつかな人間だ。誰も責める事は出来ない。自分自身が悪いのだから。こんな風に考え始めたらニッシ−きりがない。今までニッシ−がとってきた行動、言動が全てだめだったかのように思えてくる。実際だめだったとニッシ−自身でも思ってしまう。これからどうすればいいのだろう?ニッシ−の中でそのような思いがめぐる。
ニッシ−なんかいなくたっていいんだ。とかも思ったりする。実際のところはどうなんだろう?みんなニッシ−のことを必要としているのだろうか?実は、心の裏でニッシ−の事を変なふうに思っていないだろうか?色々と考えた。
ニッシ−は基本的に人に言われないとその事が分からない。ニッシ−も人間なので言われたら怒ることもあるだろうし、ショックをうける事もある。でも、言ってくれるだけありがたいとも感じる。その間で戦っているのだと思う。そこで自分自身について反省してまた、新たな道を切り開けば良いのだろうけど周りの視線というのがやはり気になってしまう。しかし、今までそれで乗り越えてきた。今回もそれで乗り切ろうと思う。
21:30頃、ココスに言った。コーヒーを飲みながらそこでまた考える。答えはないのかもしれないけど考える。自分のいけなかったところから徐々に直していこうと思う。悩むのはもう、今日で終わりにする。ただし、それは形式上のものでこれからも考えていこうと思う。明日からまたいつも通りに頑張ろうと思う。やらなければいけない事が色々あるので。
半分ついてる
2001年2月17日うお〜気付いたら10000カウント超えていた。いやあ〜これも皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。これからも、どうかこのニッシー西西レッツゴ−ゴーをよろしくお願いします。m(__)mさて、前前から言っていた10000ヒット記念計画ですが、実は自分でもあまりカウンタを見ていなかったので気付かなかった。というわけで、まだ考えていませんがこの『ニッシー西西レッツゴ−ゴー』の今までの分にニッシ−独自のエッセイ、写真をつけて本にしようかな〜と考えています。1個の集大成みたいな感じで。売り物にはしません。ただ、本を作ってみんなに見てもらえたらうれしいです。まあ〜作ってみましょうかね。どのようになるかは知りませんが、よお〜し名付けて『ニッシ−の戯れ言』でそうでしょう。取りあえず3月から動いてみようと思います。楽しみに待っててね。
さて、実はニッシ−昨日大変ショックな出来事があったのです。何と、自分の腕時計を無くしてしまった…(;_;)。うう〜ショックです。結構お気に入りだったのに〜。ニッシ−の今ままでしていた腕時計は、ニッシ−が高校1年の時誕生日プレゼントで親からもらったやつで値段もかなり高かったのでニッシ−今まで大切にしてきました。腕時計をはめているという感覚があまりなく、アナログなのですが(アナログ派)秒針のカチッ、カチッという音が聞こえないので本当にニッシ−お気に入りだったのです。うう〜どこで無くしたんだろう。
取りあえず、昨日ニッシ−は図書室に最後いたので図書室に電話して聞いてみることに「あの〜腕時計の落し物とかありませんでしたか?黒のバンドで…」と聞いてみた。しかし、図書館の人はいや、無いですよ〜。という答え。ああ〜やっぱり無いのか〜。どこいっちゃんタンだろう?と考えてみましたが、もし、道端に落としたのだとしたらもうとっくに誰かに拾われているだろうし、と言う事でニッシ−今日、一番落とした確率の高い図書館に自らの足で行ってみることに。
図書館で落し物コーナーの所を真剣に探していたら図書館の方が、やってきて「あ、昨日時計の落し物で電話された方ですか?」とニッシ−に声をかけてきた。ゲッ見つかってしまった。本当はこっそり探したかったのに〜。とニッシ−一瞬思ったが取りあえず、「あ〜はい。」と応答する事に。そしたら司書の人が「あの〜取りあえず今までの忘れ物一覧なんですけど見てもらえます?」とご丁寧に案内してくれたのだ。うおっもしかしたら!ニッシ−の期待は高まる。
忘れ物一覧を見てみる。しかし、やっぱりニッシ−の時計は無かった。ああ〜と諦めかけていたその瞬間!何と!!!!この続きはまた来週とか言ったら皆さんおそらく怒ると思うので、書きます。(笑)一応、腕時計はありました。やった〜と思っているでしょうが昨日無くした物ではなくて、8ヶ月くらい前に無くしたとニッシ−が思いこんでいた腕時計。あ、そう言えば8ヶ月前にも腕時計をなくした事があったな〜とニッシ−思い出す。もう、こっちの時計は安かったしまあ〜いいや。と諦めていたのですが、まさか図書室で落としていったとは。本来ならば喜んで良いはずなのだが、本当に探したかった時計が見つからなかったので嬉しいやら悲しいやら。
皆さん、落し物には十分注意しましょうね。ああ〜ニッシ−の腕時計はどこにある〜。そういえば、8ヶ月前に無くした腕時計が見つかった時図書館司書の方はこう言った。「ああ〜8ヶ月前のが見つかったのですか。半分良かったですね〜。何か、正岡子規の俳句みたいですね〜。半分うれしい」ニッシ−にはあまりにもレベルが高い話で、ただ笑うしかなかった。これってどういう意味だ〜!!
さて、実はニッシ−昨日大変ショックな出来事があったのです。何と、自分の腕時計を無くしてしまった…(;_;)。うう〜ショックです。結構お気に入りだったのに〜。ニッシ−の今ままでしていた腕時計は、ニッシ−が高校1年の時誕生日プレゼントで親からもらったやつで値段もかなり高かったのでニッシ−今まで大切にしてきました。腕時計をはめているという感覚があまりなく、アナログなのですが(アナログ派)秒針のカチッ、カチッという音が聞こえないので本当にニッシ−お気に入りだったのです。うう〜どこで無くしたんだろう。
取りあえず、昨日ニッシ−は図書室に最後いたので図書室に電話して聞いてみることに「あの〜腕時計の落し物とかありませんでしたか?黒のバンドで…」と聞いてみた。しかし、図書館の人はいや、無いですよ〜。という答え。ああ〜やっぱり無いのか〜。どこいっちゃんタンだろう?と考えてみましたが、もし、道端に落としたのだとしたらもうとっくに誰かに拾われているだろうし、と言う事でニッシ−今日、一番落とした確率の高い図書館に自らの足で行ってみることに。
図書館で落し物コーナーの所を真剣に探していたら図書館の方が、やってきて「あ、昨日時計の落し物で電話された方ですか?」とニッシ−に声をかけてきた。ゲッ見つかってしまった。本当はこっそり探したかったのに〜。とニッシ−一瞬思ったが取りあえず、「あ〜はい。」と応答する事に。そしたら司書の人が「あの〜取りあえず今までの忘れ物一覧なんですけど見てもらえます?」とご丁寧に案内してくれたのだ。うおっもしかしたら!ニッシ−の期待は高まる。
忘れ物一覧を見てみる。しかし、やっぱりニッシ−の時計は無かった。ああ〜と諦めかけていたその瞬間!何と!!!!この続きはまた来週とか言ったら皆さんおそらく怒ると思うので、書きます。(笑)一応、腕時計はありました。やった〜と思っているでしょうが昨日無くした物ではなくて、8ヶ月くらい前に無くしたとニッシ−が思いこんでいた腕時計。あ、そう言えば8ヶ月前にも腕時計をなくした事があったな〜とニッシ−思い出す。もう、こっちの時計は安かったしまあ〜いいや。と諦めていたのですが、まさか図書室で落としていったとは。本来ならば喜んで良いはずなのだが、本当に探したかった時計が見つからなかったので嬉しいやら悲しいやら。
皆さん、落し物には十分注意しましょうね。ああ〜ニッシ−の腕時計はどこにある〜。そういえば、8ヶ月前に無くした腕時計が見つかった時図書館司書の方はこう言った。「ああ〜8ヶ月前のが見つかったのですか。半分良かったですね〜。何か、正岡子規の俳句みたいですね〜。半分うれしい」ニッシ−にはあまりにもレベルが高い話で、ただ笑うしかなかった。これってどういう意味だ〜!!