充実感
2002年6月15日そろそろ将来のことを考える時期になってきた。別に、今まで考えてこなかったわけではないのだが漠然としていて具体的になにも思いつかなかった。でも、大学では何となく教職課程を取り、一応教師というフィールドを歩んでいる。しかし、最近教師という仕事もどうなのかと自分の中で思ってきた。教職の夏の履修深刻も申告するかぎりぎりまで考えた。結局履修申告はすることにした。あぁ〜またダラダラになってしまう。もっとすぱっと決められないものかな〜?
ところで、今日の日記のタイトルでもある充実感。ニッシーの中ではこの充実感は仕事を行ううえでの大きなポイントだ。ニッシーの中の定義というのは、お金でも人間関係でもない。自分にとってその仕事をやって、どんな充実感を得、それを生きがいに変えられるか。これが大切だ。これは自分の中での就職する上でのキーワードである。
その充実感、生きがいを感じるためにはどのような仕事につけばいいのか。それを考え中なのである。学校の先生のように相手と接することつまり、人間科学(フィールドワーク)を通して、相手にも充実感を与え、自分も充実感を覚える。2重で充実感を得る仕事と、科学者・研究者等のように自分独自に(ある程度の取り決めがあるにせよ)進め、極限の限界に挑み、その結果かけがえのない大きな充実感を得る仕事。
前者の仕事は、線が引かれていてその線を破っていくことで、また、新たな線が見つかっていきそれが充実になる。それに対して、後者は線は自分で引いていく。その線の本数をどんどん増やして行き最終的には、数多くの線の中から、これだという1本の強力な線をみつけていくという仕事。この2つのどっちの線にしようかというのが専らニッシーの中で考えていることである。
ニッシーは、大学生活の中で、今まで2つの線とも経験をしてきた。どちらもとても自分にとっては大きいものだ。どっちにすべきなのか?またどっちが自分にあっているのか?もうすぐニッシーの就職活動が始まろうとしている。
ところで、今日の日記のタイトルでもある充実感。ニッシーの中ではこの充実感は仕事を行ううえでの大きなポイントだ。ニッシーの中の定義というのは、お金でも人間関係でもない。自分にとってその仕事をやって、どんな充実感を得、それを生きがいに変えられるか。これが大切だ。これは自分の中での就職する上でのキーワードである。
その充実感、生きがいを感じるためにはどのような仕事につけばいいのか。それを考え中なのである。学校の先生のように相手と接することつまり、人間科学(フィールドワーク)を通して、相手にも充実感を与え、自分も充実感を覚える。2重で充実感を得る仕事と、科学者・研究者等のように自分独自に(ある程度の取り決めがあるにせよ)進め、極限の限界に挑み、その結果かけがえのない大きな充実感を得る仕事。
前者の仕事は、線が引かれていてその線を破っていくことで、また、新たな線が見つかっていきそれが充実になる。それに対して、後者は線は自分で引いていく。その線の本数をどんどん増やして行き最終的には、数多くの線の中から、これだという1本の強力な線をみつけていくという仕事。この2つのどっちの線にしようかというのが専らニッシーの中で考えていることである。
ニッシーは、大学生活の中で、今まで2つの線とも経験をしてきた。どちらもとても自分にとっては大きいものだ。どっちにすべきなのか?またどっちが自分にあっているのか?もうすぐニッシーの就職活動が始まろうとしている。
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